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私ではなくキリストⅢ(東洋からの風の便りII)

「私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。」(ローマ6:6)

聖霊の第三の波とは何か

 さて、今まで長いこと、内容の薄い記事ばかりを書き続けてきたが、そろそろ、クリスチャンとしての地の塩の役目に戻らなければならない。
 山小屋を訪れる日が近づくにつれて、厳粛な気持ちが高まってくる。私は夏休みの予定表を消化するためにエクレシアに駆けつけようとしているのではないのだから、今、できることは少ないながらも、気持ちを新たにして、キリスト者としての本分に立ち戻りたい。

 今回は、ピーター・ワグナーの『聖霊の第三の波』(辻潤訳、暁書房、1992年)を取り上げよう。きっと、反論があるだろうと予想しているが、一つの仮説を提示したい。

 私はこれまで、全体主義体制下で書かれた虚偽のプロパガンダ文書をいくつか読んで来た。嘘で塗り固められた歴史や政治事件を、国民にほんとうだと信じ込ませる目的で書かれた文書だ。新聞雑誌の記事もあれば、文学作品もあった。嘘を本当だと見せかけるには、メディア報道で十分ではないか、との疑問の声もあるかも知れないが、実は、大衆に偽りを普及するには、文学の果たす役割がまことに大きいのだ。なぜなら、文学は、新聞雑誌の記事以上に、大衆の感覚や感情に訴えかける力を持っているからだ。たとえば、詩の一行が持っている力など、普通は、些細で取るに足りないものにしか思われないかも知れないが、人間が真実をかぎつける嗅覚の鋭さは驚くほどものものである。言論統制の時代には、公表を許されるはずのないたった一行の反体制的な詩であっても、驚くほどの素早さで人々はその存在を察知し、規制の網の目をかいくぐって、それを語り継いで行ったのだ。

 だから、全体主義国は必ず、言論統制のために、メディアの報道だけでなく、文学を押さえようとする。しかも、ただ表現の自由を抑圧するのではなく、まことしやかに虚偽を普及させるために、文学を積極的に利用してきたのだ。政府御用達の作家たちが生まれ、彼らに創作内容が注文され、その出来栄えは検閲によって厳しくチェックされる(注文に応じない作家は作品の発表の場をなくした)。そのようにして、表向きには自由に書かれたように見せかけながらも、実際には、何らかの政治的な意図を隠し持って書かれた文学作品というものが、随分、沢山、生み出されてきた。それらは、時代が変われば、文学としての価値を失い、歴史資料として参考にされる以外には、誰にも見向きもされなくなる、遊女のように卑しい作品群であったが…。

 そのようなことについて調べるようになって以来、私は、この世には、無邪気な内容を装いながら、その実、大衆を惑わすために書かれた偽りの作品というものがれっきとして存在することが分かった。そこで、『聖霊の第三の波』とは何か、という問題に取り組む際にも、このような警戒心を持つことが大切であると気づいた。つまり、中卒程度の国語力があれば誰でも理解できるように平易に書かれたこの本は、初めからある政治的な意図を持って、それを広めるために書かれた宣伝文書ではないのか。書いてあることの表面的な文字面だけを追っているのでは、その奥にある真の意図(それが一般大衆をどこへ導こうとしているのか)は見えないのではないか。真の意図を暴き出すためには、表向きの文章を疑い、言外の文脈をも推察することが必要になってくるのではないかということである。

 そこで、あくまで推理の域を出ないとはいえ、今日、すでに多くのクリスチャンから絶大な疑いをかけられているこの本を、一度、懐疑のメスで徹底的に解剖してみようと思う。

 さて、『聖霊の第三の波』という名前を聞いて、まず、多くの人々が疑問に思うのは、「第三の波」という用語の意味だろう。当然、この言葉は、ベストセラーになったアルヴィン・トフラーの有名な著作『第三の波』(ここでは、徳岡孝夫監訳、中公文庫、1982年から引用)を連想させる。
 表向き、ワグナーの『聖霊の第三の波』と、トフラーの『第三の波』には直接的な関係はないとされている。だが、これほどまでに有名な用語を用いながら、関係ないなどということがあるだろうか。何かの比喩がこめられているのではないだろうか。そんな素朴な疑問も含めて、考えてみよう。

 まず、ピーター・ワグナー自身は、第一の波、第二の波をどう定義しているのだろうか。注目すべきことは、ワグナーは、自らの運動をペンテコステ・カリスマ運動の枠組みの中にあるものと全くみなしておらず、それらとは異なる新しい運動であると定義していることだ。
 ワグナーは書いている、「第一の波はペンテコステ運動として知られている。これは今世紀の初頭、アメリカにおいて始まり、すぐに世界中のいたるところに広まった。ペンテコステ運動の主要な特徴は、聖霊の力ある働きである。特に奇跡の分野でそれが現されたので、当時、多くのクリスチャンがこの運動を異常だと感じた。」(p.16)

 ワグナーによれば、聖霊の第一の波とは、ペンテコステ運動であった。彼によれば、プロテスタントの福音派の諸教会は、ペンテコステ運動における聖霊の大胆な働きを理解する神学的基礎を持っていなかったために、この運動にただ拒否反応を示し、異端であると決めつけた。それから、約半世紀が経過して、事情は変わり、ペンテコステのグループは教派を超えて、プロテスタントの諸教会に浸透し、承認されつつある。とはいえ、ペンテコステ運動には、福音派からの疎外という苦い挫折経験があったことは変わらない事実だ。つまり、第一の波としてのペンテコステ運動は、全世界の諸教会を塗りかえる世界的な波とはならなかった。

 さらに、ワグナーは言う、「二〇世紀における聖霊の第二の大きな波、それは今世紀半ばに現れたカリスマ運動である。初期のペンテコステの指導者たちが抱いた夢――聖霊の奇跡的な力の現われがキリスト教界の主流をなす諸教会にも流れていくという夢は、実現への一歩を踏み出した。カリスマ運動は、監督教会、ルター派、長老派、米国メソジストなどとともに、カトリック教会でも顕著に現れた。<…>
 それでもやはり、大部分の福音派はこの運動を受け入れることができなかった。彼らの保守的な神学では、奇跡が現代のクリスチャンの歩みの中で価値があると認めることができなかったのである。福音派の教会で教会員の何人かがカリスマ体験を受けた場合、しばしば、それらの人々は教会から追い出されるか、教会の分裂という事態を引き起こした。」(p.18)

 ワグナーは、聖霊の第二の波が、カリスマ運動であったと定義する。しかし、このようにして、時期的にペンテコステ運動とカリスマ運動を区別する説は、今日ではあまり主流になっていないように私には感じられる。しかも、これはあくまで福音派の教会を中心としてそれらの運動を見た場合に限られる。ペンテコステ運動は始まってこの方、聖霊派の中で中断することなく続いているし、ペンテコステ運動の枠組みの中に入っていなくとも、それに影響を受けた福音派の教会をカリスマと呼ぶ説もかなり定着してきている。ペンテコステ、カリスマ、聖霊派などの呼び名をめぐっては、今でも明確な定義は得られていないため、各種の異論もあるだろう。
 いずれにせよ、ワグナーによれば、カリスマ運動という第二の波は、第一の波と同様に、苦い挫折に遭い、全世界の諸教会に伝播することなく、志半ばにして終わった、ということになる。

 そして、第一、第二の波が引き潮になった後で、ついに第三の波が登場した。「第三の波とは、福音派の中で起こってきた新しい聖霊の働きである。それら福音派の教会は、何らかの理由でそれまでペンテコステ、カリスマの流れに入って来なかった教会である。第三の波の始まりということになると少しさかのぼる必要があるが、その動きが本格化し始めたのは一九八〇年代に入ってからで、二〇世紀の終わりに向かって、現在はその勢いを増しているところである。」(p.18)

 こうして、ワグナーは、自らの運動を、ペンテコステ・カリスマ運動という、挫折に終わった第一、第二の波と、何とかして区別しようと、その点を特に強調する。
 その理由として、彼は何やら具体的に理由を挙げてはいるものの、それはあまり説得力を持たない。
「聖霊が奇跡的な方法で働かれるという点では、第三の波も前の二つの波と同じであるが、その働き方がやや趣を異にしている。第一第二の波と非常に似通っているのではあるが、この第三の波はそれらとはやはり区別されるものであると私は見ている。<…>では、何が第三の波を特徴づけるかと言えば、それは聖霊のバプテスマについての理解と、異言が聖霊のバプテスマを受けたことの証明であるかどうかについての見解である。それで、私は人から自分がカリスマだと呼ばれることを好まないし、私自身自分がカリスマだとは思っていない。私は福音派の会衆派に属する一人のクリスチャンで、そして私を通して、また教会を通してご自由に働かれる聖霊の働きに心を開いているだけなのである。」(p.19)

 この説明はひどく胡散臭く感じられるので、あまり重大にとらえないようにしよう。(なぜならば、ペンテコステ運動やカリスマ運動の中でも、聖霊のバプテスマの理解や、異言の理解については、諸説が入り乱れており、統一的見解が見いだせないためである。)いずれにせよ、この文章によって、ワグナーがしきりに強調しようとしているのは、とにかく、自分が福音派に分裂・敵対するような新しい運動を起こしているのではないこと、彼自身は福音派に対立しない、福音派の教会に属するごく普通のプロテスタントの信者であるという点なのである。

 聖霊の第三の波は、第一や第二の波のように、プロテスタントの諸教会からの分裂や疎外という苦い経験とは無縁のものであり、福音派教会にとって決して危険なものではないということを訴えようとする狙いが、ここには当然、含まれている。つまり、ワグナーがしきりに強調したがっているのは、聖霊の第三の波の良いイメージであり、それを保つために、ペンテコステとカリスマの過去の失敗体験と袂を分かとうとしているのである。彼は聖霊の第三の波が、プロテスタントの伝統的な諸教会と異なるところに存在するのでなく、福音派の諸教会の只中から生まれて来て、福音派の諸教会の中に広まっていくものだという点を強調しようとしているのである。

 さて、ピーター・ワグナーとは関係がないとみなされているアルヴィン・トフラーの著作についてちょっと触れたい。トフラーは著作『第三の波』において、「波」という単語によって、世界中の国や民族の伝統的な生活様式の枠組みを越えて(壊して)、人々の経済体制・社会体制・生活様式に圧倒的な変革をもたらすような世界的な文明の変化を言い表した。
 トフラーの著作を初めて読んだ時、私は、その楽観性に心惹かれたものだが、今、読み返すと、これはあらゆるユートピア主義的な作品と同様に、批判的に読まなければならない、とても危険な作品であったことを感じる。これはマルクスの弁証法的歴史観を髣髴とさせるほどに、神なき世界の弁証法的な時代の交替と、人類の未来社会にやがて起こるであろうユートピア社会(実質的にはアンチ・ユートピア、バビロン)の到来を描いた青写真のように見えるからである。少し長いが、トフラーの著作の冒頭の文章を引用させていただきたい。

「人類は、これまでに二度、巨大な変化の波を知った。二度とも先行の文化と文明を拭い去り、それまでの人間には想像もできない新しい生活の戸を開いた。第一の波、つまり農業革命は、完成するのに数千年かかった。第二の波、産業文明の興隆は、わずか三百年で済んだ。今日、歴史はさらに加速した。第三の波が歴史を洗い、波が消え去るのには数十年もかからないかもしれない。いずれにしても、この衝撃的な瞬間に地球に住みあわせたわれわれは、死ぬまでに第三の波を頭からかぶることになるはずである。

 第三の波は、あらゆる人の足元をすくう。家族を引き裂き、経済を揺り動かし、政治制度を麻痺させ、われわれの価値体系をめちゃめちゃにするだろう。それは古くさい権力機構にぶち当たり、今日すでに揺らぎつつあるエリートの特権と特典を危うくし、あすの権力闘争のための舞台をしつらえる。
 新文明には、これまでの産業文明と矛盾するものが無数にある。高度に科学技術的であると同時に反産業的である。
 第三の波は、完全に一新された生活様式をつくる。その基礎になるのは多様かつ再生可能なエネルギー源であり、現代の流れ作業産業のほとんどを不用にする生産手段であり、新しい非核化や企業である。この新文明はわれわれのために新しい行動規範をつくり、標準化、同時化、中央集権化などを越え、エネルギーと富と権力の集中を過去のものにしてしまう。

 古い文明は挑戦を受け、官僚機構は転覆し、民族国家はもはや主役ではなくなり、脱帝国主義の世界に半自立的な経済を勃興させる。行政機構は簡素に、効果的に、今日よりはるかに民主的にならざるをえない。新しい文明は、独自の世界観と時間、空間、論理を持ち、また因果関係について独自の対応法を備えている。
 それだけではない。後述するように、第三の波は、生産者と消費者の対立を宥和し、新しい『生産=消費者(プロシューマー)』経済への道をひらく。そのほかにも理由はあるが、新しい文明は、こうしてわれわれの知的な協力により、世界史の中ではじめて真に人間的な文明になりうるのである。」(p.27-28)

 この最後の一行を読んだだけで、トフラーが事実上、世界を塗り替える第三の波を、人間を真に人間たらしめるユートピア社会の到来に通じるものとして考えていたことが分かる。
 今はこの著作に深入りするつもりはないが、しかし、そこに明るい未来社会の様子として描かれているものの中に、すでにいくつか今、実現しているものがあるので、それを通して、この著作の楽観的な描写と、現実との間に横たわる深淵について、私たちは感じることができるだろう。
 たとえば、児童労働や、フレックス・タイム制が、第三の波の脱規格化の現れとして提示されており、児童労働は青少年の社会からの乖離を防ぐ手段として、パート・タイム制は、職場への遅刻を過去のものにするとして、楽観的に謳われているが、私たちは児童労働が今、過酷な搾取の形態として広がりつつあることや、また、パート・タイム制が、これまた過酷な搾取の形態であり、決して自由で解放的な意味合いから生まれてきたものでないことをすでに知っている。だが、そういう事柄は、この著書では全く触れられていない。
 さらに、ユートピア的未来社会図につきものの「新しい人間像」、「新しい家族像」もそこでは提示されているが、エレクトロニクス住宅における、既存の家族制度の枠組みにとらわれない大家族なるものは、まるでカンパネッラの著作を思い出させる。そのようなものがどんな時代が来ようと、決して正常に機能するとは私には考えられない。だが、トフラーの著作については今はこのくらいにしておこう。

 ワグナーによる『聖霊の第三の波』が、トフラーの著作と同様に、ある種の未来予測的な側面を持っていることは否めないだろう。また、ここで使われている「聖霊の第三の波」という用語が、トフラーの使った「波」と同じように、全世界に伝播し、既存のキリスト教界の体制、礼拝様式、キリスト者の生活様式などを抜本的に塗り替えてしまう世界的変革を想定して使われていることは、言わずもがなである。したがって、たとえワグナー自身がトフラーの著作との関連性について全く言及していなくとも、この「第三の波」という用語には、明確な比喩がこめられているとみなして構わないと私は考えている。

 この比喩から暗に読み取れることは、「聖霊の第三の波」とは、これからプロテスタントのキリスト教界を席巻しようとしている世界的変革の波について告げている本だということである。この本が真に述べたいのは、聖霊の第三の波を受ける時、古くさく、力を失った既存のプロテスタントのキリスト教界の権威や体制は、必ず、大いなる挑戦を受けて、打ち壊されるであろうこと、そして、聖霊の第三の波は、プロテスタントのキリスト教界の中から始まりながらも、プロテスタントを止揚し、教界の体制を塗り替え、今までのキリスト教とは異なる、誰も予想しなかったような新しいキリスト教の未来を開くだろうということである。

 そして、そうなって初めて、キリスト者は真にキリスト者らしい生活を送り、真に教会らしい教会が生れるのであり、我々クリスチャンはそこに到達しなくてはならない、それがこの著書が言外に主張したい点なのである。(もちろんその最も過激な部分は決して文字にされることなく文脈の中に隠されている。)この世界的変革の波を何とかして現実に起こすべく、宣伝のために書かれた本が、『聖霊の第三の波』なのであり、その結構づくめの文章の向こうに隠された真意を紐解いていくならば、それは(あまりにも大雑把なたとえなので、ひんしゅくを買うかもしれないが)、『キリスト教界版共産党宣言』と呼びかえても差し支えない内容であると言えるだろう(つまり、プロテスタントの中から生まれ、プロテスタントと対立するものでない点をしきりに強調しながらも、その実、プロテスタントを凌駕し、覆し、止揚する波を起こそうとしているのがこの運動なのである。このことについては後述)。

 注目すべきことは、「聖霊の第三の波」の運動が、そもそもの初めから、その運動を世界的に拡大するための戦略的プログラムである教会成長論と、まるで車の両輪のように結びついて始まったことである。ワグナーによれば、1960年代に、彼は、フラー神学校世界宣教学部の初代学部長であり、「教会成長」という用語を創り出したドナルド・マクギャブランのもとで、教会成長論を学び始めた。そして驚異的な教会成長を遂げているラテン・アメリカ、チリのペンテコステ教会を調査対象として学び、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団での奉仕、驚異的な教会成長を成し遂げたジョン・ウィンバーとの協同の奉仕などをするうちに、しるしと不思議と奇跡が、教会に驚異的な成長をもたらしていることを知るようになる。

 やがて、ジョン・ウィンバーとピーター・ワグナーはフラー神学校でMC510という番号の講義を開いた。当初、「しるしと不思議と教会成長」と呼ばれていたが、後に「奇跡と教会成長」と呼ばれるようになった講義である。(p.26)
「一九八一年のこと、ジョンは私に、博士課程の学生を対象として、しるしおよび不思議と教会成長の関係について、講義を行う準備があるのだがと申し出た。私はそれに同意した。話はとんとん拍子に進み、一九八二年、フラー神学校の世界宣教学部はジョンを招き、しるしと不思議と教会成長に関する実験的なコース(MC510)を持たせることにした。この講義は五回開講され、教室に溢れるばかりの受講生があった。」(p.30)
 こうしてワグナーは、しるしと不思議と奇跡こそが、今日、力をなくして衰えつつある諸教会に圧倒的なパワーと人員増加をもたらす秘訣であると解釈し、それを公然と教え始めたのである。

 MC510は神学校全体の中では小さな講義であったが、その内容のために、フラーはカリスマになった、という批判が寄せられた。しかし、ワグナー自身はあくまで、自分が福音派であることを強調してやまなかった。「フラー神学校は決してカリスマの神学校ではないということを、私は言っておきたい。フラーは純粋に福音派であり、また超教派なのである。バプテストでもなく、長老派でもない。カルビニストでもなくウェスレアンでもない。艱難前掲挙説と艱難後携挙説のどちらか一方に固執しない。カリスマでもなければノンカリスマでもない。これらの教義上の理解が異なるさまざまな方々がフラー神学校で教え、また学んでいる。この神学校の意図は、『一つの考え方に極端に傾くことなく、あらゆる方面の考え方を拒まないことによって、聖書的なバランスを確立していく』というものである。神学校校長のデイビッド・アラン・ハバードが『フラー神学校は、御霊の望まれる歩みに近づくためには、ある種の危険を伴うこうしたやり方をもいとわない』と言っているとおりである。」(p.28-29)

 このような、一見、中立を装った、もっともらしい説明に煙に巻かれるわけにはいかない。これでは「フラー神学校は何も選ばない代わりにすべてを選ぶ」と言っているのと同じである。聖書的バランス、というものがもしあるとすれば、それはクリスチャンが「一つの考え方に極端に傾くことなく」して得られるものではなく、むしろ、パン種のない教えという、聖書が教えている「ただ一つの極端な教え」を死守することによってのみ得られるものだ。だが、フラー神学校は、「聖霊の望まれる歩みに近づく」という名目で、「ある種の危険を伴う」ことが分かっている道に自ら踏み込んで行ったのである。

 大審問官の台詞が思い出される。「われわれはお前(=イエス)の偉業を修正し、奇跡と神秘と権威の上にそれを築きなおした。」

<つづく>

 

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