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私ではなくキリストⅢ(東洋からの風の便りII)

「私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。」(ローマ6:6)

弱者救済を口実に偽りの身分制度と犠牲を肯定し、人々を被害者意識に閉じ込める神なき偽りのヒューマニズムの終焉

さて、あまりにも愚かしい政治スキャンダルがこのところ連続しており、ほとんどが記事にする気にもならなかったが、2020年の東京オリンピックはいよいよ開催できそうにもない様相となってきたので、そのことに触れておきたい。


いよいよ幻に終わりそうな東京五輪

昨年夏に、筆者はこのオリンピック開催は不可能であると述べた。また、戦前の軍国主義時代に幻に終わった東京オリンピックの二の舞となるだろうと記事に記した。

それはこのオリンピックには人の心を引きつけ、歴史を前進させるための一切の大義が存在しないからである。大義がないだけでなく、安倍首相による「福島原発事故はコントロールされている」との偽証によって勝ち得た忌むべき利権でさえある。

さらに、「神の国」発言で失脚した森喜朗元首相が率いていることにもよく表れているように、皇国史観に基づく悪しきイデオロギーがその根底にある。このような誤ったイデオロギーにはすでに歴史の鉄槌が加えられたのであり、再び同じことを試みても、国の名折れにはなっても、成功に至る見込みはゼロに等しい。

オリンピックにまつわる「造られた流れ」に、もはや国民の関心はついて行っていない。利権のために嘘と悪事に邁進するにしても、もう少しましな新しい理念を提唱しないと、単なる過去の焼き増しだけでは、暗闇の勢力もいよいよカードが尽きたと思われるだけであろう。

さて、当記事には字数制限があって、筆者は常に字数との戦いを強いられており、全文引用するわけにいかないので、どれほど今回の五輪が国民に歓迎されていないかについては、以下の記事を参照されたい。

「東京五輪中止、ロンドン開催」の可能性が本格浮上。もはや 「誰も望まない五輪」への変貌と、森喜朗会長の「戯言」(ギャンブルジャーナル 2016.05.17.)


植草一秀氏「賄賂を贈ってまでの五輪開催求めてない日本国民」(2016年5月17日)
 

さらに決定打となるようなニュースが流れている。それは皇族利権とも言われるオリンピックで、今回の東京への招致の中心的役割を果たした日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長なる人物の驚くべき人物像が過去を通して明らかにされたことである。

東京五輪招致の裏金問題で“厚顔”答弁…JOC竹田恆和会長に自動車事故で女性を轢き殺した過去が!
LITERA 2016.05.18

 
日本オリンピック委員会(JOC)公式サイトより  2020年東京オリンピック招致に際しての裏金賄賂疑惑をめぐり、16日の衆議院予算委員会に、招致委員会で理事長を務めていた日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恆和会長が参考人として出席した。

 既報の通り、招致委員会はシンガポールにあるブラックタイディングス社の代表イアン・タン氏にコンサルタント料として2億円超の大金を支払っていた。しかし、イアン氏は国際陸連前会長で国際オリンピック委員会(IOC)の選考委員で、大きな力をもつラミン・ディアク氏の息子と深い関係にあり、この金がブラックタイディングス社を通じて賄賂として渡ったとの疑惑が浮上。フランスの捜査当局が捜査を開始する事態となった。

 これに対して、竹田会長はこの日の国会で、BT社への2億2000万円の支払いを「コンサルティング料」「正当な手続き」としたうえ、選考委員の息子との関係を知らなかったと言い張った。また、このブラックタイディングス社がペーパーカンパニーだという疑惑についても、完全否定した。

 しかし、その説明はとても納得できるものではなかった。そもそも、2億円というのはコンサル料として巨額すぎるし、BT社への支払いは、13年7月に9500万円、10月に1億3500万円と二回に分けて行われているが、そのうち、10月の支払いは IOCの総会で東京での五輪開催が決まった後のこと。名目は「勝因分析」と説明していたが、選ばれた後の分析に1億円支払うなんていうのは明らかにおかしい。これはどう考えても、招致の成功報酬として渡されたものだろう。

 また、ブラックタイディングス社の所在地は、築50年近く経った古い公営住宅の一室で、どこからどう見てもオリンピック招致に関する高度なコンサルティング業務を行えるような会社ではない、典型的なペーパーカンパニーである。

 これで「正当な手続き」などといいはるのだから、竹田会長の態度はもはや厚顔としかいいようがない。というか、そもそも竹田会長は、まともな調査などまったくしていないペーパーを朗々とした調子で読み上げているだけで、この問題に対する当事者意識も、疑惑をきちんと調査しようという姿勢もまったく感じられなかった。

 竹田恆和氏といえば、あのネトウヨタレント・竹田恒泰氏の父親ではあるが、旧皇族・竹田宮家の生まれで、明治天皇のひ孫、今上天皇とははとこにあたる。01年からJOCの会長を務め続けており、人望も厚いといわれていた。それが、まさかこんな不誠実な姿勢を示すとは……。

 しかし、この人の不誠実や厚顔はもともとのものなのかもしれない。その一端がかいま見えるのが、竹田氏が起こした不祥事とその対応だ。

実は、竹田氏は40年ちょっと前、若い女性を轢き殺す交通事故を起こしたことがあるのだ。

 当時、竹田氏は馬術の選手で、国体の試合に出るため会場に車で向かう途中のことだった。この事故について、1974年10月23日付の読売新聞夕刊が〈五輪馬術代表の竹田選手 女性はね死なす〉という見出しで記事にしているので、全文を紹介しよう。

〈茨城国体に出場する東京都の馬術選手の乗用車が、二十二日夕、会場近くの茨城県稲敷郡新利根村で歩行者をはね、死亡させた。このため、東京都は、二十三日以降の全馬術競技の出場を辞退した。
  二十二日午後五時ごろ、新利根村角崎の県道を歩いていた同村××××、会社員××××さん(二二)は、茨城国体馬術競技東京都代表、竹田恆和選手(二六)(東京都港区高輪三の一三の一)の乗用車にはねられ、頭を強く打って近くの病院に収容されたが、二十三日午前零時過ぎ死んだ。江戸崎署の調べでは竹田選手が対向車のライトに目がくらんだのが事故の原因。
  竹田選手はIOC(国際オリンピック委員会)委員の竹田恒徳氏の三男で、馬術のミュンヘン・オリンピック日本代表。茨城国体には、二十三日午後の一般飛越競技に東京都の代表選手として出場するため、会場の同郡美浦村の馬術会場近くの合宿所に行く途中だった。
  竹田選手の事故責任をとり、東京都チームは二十三日朝、この日以降の全馬術競技の出場を辞退することを決定、大会本部に連絡した。〉

 40年以上前の話とはいえ、こんな重大事故を引き起こした人物が、今、日本の五輪組織のトップに君臨しているというのも驚きだが、問題だと思うのはこの事故の後の竹田氏の身の処し方だった。

 新聞報道によれば、明らかに竹田氏側の過失だと思われるが、竹田氏は重い刑事責任を問われることもなく、ほどなく馬術競技に復帰。事故から2年も経っていない1976年に開かれたモントリオールオリンピックに出場しているのである。

 通常の会社勤務なら、死亡事故を起こすと解雇になるケースも多いし、スポーツ選手では、最近、バトミントン五輪代表選手が違法カジノに出入りしていただけで、無期限の競技会出場停止になり、リオ五輪の出場権を剥奪された。それらと較べれば、雲泥の差だろう。

「被害者と示談が成立したというのもあるでしょうが、竹田氏の場合はやはり宮家の威光というのが大きかったようです。周辺の政界人脈が動いて、事故の影響を小さくし、すぐに復帰できるようにお膳立てしたようです。復帰した時もほとんどマスコミには叩かれなかったようですね」(スポーツ関係者)

もちろん、交通事故は過失であり、人を死なせた人間にも人生をやり直すチャンスは与えられるべきだ。しかし、これだけの大事故を引き起こしていたら、やはり五輪のような華々しい表舞台からは身を引くのが普通の神経だろう。ましてや、竹田氏の場合は、事故の影響で東京チームが連帯責任をとって、国体の出場をとりやめているのだ。それが、本人がすぐに五輪出場とは……。

 しかも、竹田氏はこの後、1984年のロサンゼルス五輪で日本選手団コーチ、92年のバルセロナ五輪で日本選手団監督と、JOC内部でどんどん出世していくのだ。そして、2001年にはとうとう日本オリンピック委員会(JOC)会長に就任し、以来、16年という長い期間にわたって、JOCトップに君臨し続けている。

「JOCでの力は完全にコネですね。竹田さんの父である竹田宮恒徳王が戦後、JOC会長、IOC委員を務めており、JOCは以前から竹田家と縁が深かったんです。それで、父君の時代の側近たちがお膳立てして、息子の恆和さんのJOC会長への道筋をつけたんです」(前出・スポーツ関係者)

 つまり、竹田恆和という人物は、どんな不祥事を起こしても周りがカバーしてくれて、出世の段取りをしてくれるという環境の中で生きてきたのだ。そして、本人も無自覚にそれに乗っかっていく。

 そういえば、2020年のオリンピックの開催地を決めるIOC総会前の会見で、外国人記者から福島原発の影響を聞かれて、竹田会長は「福島は東京から250キロ離れており、皆さんが想像する危険性は東京にない」と発言。まるで福島を切り捨てるような、あまりに他人事な発言に批判が殺到した(といっても、海外メディアとネットだけで、国内マスコミはほとんど批判しなかったが)。

 ようするに、こういう人物だから、今回のような贈収賄に問われる重大事態が起きても、まったく当事者意識がなく、問題解決ができないのだろう。いや、今回のことだけでなく、これまで起きた国立競技場やエンブレム問題などもそうだ。竹田会長の当事者意識のない無責任な姿勢が森喜朗氏や電通の暴走を許し、さまざまなトラブル、不祥事を誘発してきたともいえるだろう。

 こんな人物がトップにいるかぎり、東京五輪の混乱がまだまだ続くであろうことは間違いない。
 (井川健二)


記事は五輪の混乱はまだまだ続くとしているが、こうなっては、さすがにそろそろ終わるのではないかという予感が漂う。何しろ、このあたりで終止符を打っておかなければ、もっと取り返しのつかない決定的な醜聞が持ち上がることになろう。それも含めて、根こそぎ日本の闇が明らかにされる必要があるのかも知れないが…。
 




伊勢志摩サミットに暗い影を落とす米軍基地がらみの事件

さて、5月の伊勢志摩サミットにも明らかに暗い影が忍び寄っている。以上に挙げた竹田氏の事件ではないが、前途有望な若い女性を巻き込んだ、明らかにこのサミットに悪影響を与えるであろう痛ましい米軍記事がらみの事件がまたしても沖縄で起きた。

サミットにかこつけて、各国首脳を伊勢神宮に参拝させたことにしたい日本会議のような勢力、オバマ大統領の広島訪問を実現させて、被爆者という弱者を思い切り利用して、手柄を立てたい思惑を持つ安倍首相のような人々にとっては、極めて不都合な事件である。

しかも、小泉元首相が「トモダチ作戦」で被爆した米兵の健康被害は見過ごせないと涙を流したニュースが流れるとほぼ同時期のことであった。福島原発労働者や、基地の犠牲となる沖縄県民の犠牲をよそに、強者の利益だけに寄り添おうとする日本の政治家が、真に涙を流し同情すべき相手を完全に間違えていることを明らかにした事件だったと言えよう。

再び、植草氏のブログから。

謝罪なき広島訪問を政治利用する「ゲスの極み」
2016年5月20日 (金)  から一部抜粋

<前略>

「原爆投下によって無辜の市民が一瞬にして数十万人単位で殺戮され、その後もおびただしい数の放射能被害者を死や苦しみに追い込んだ。
このことに日本政府は抗議せず、米国は謝罪していない。
この現実に手を付けぬまま、オバマ大統領の広島訪問だけが実行されようとしている。
欺瞞に満ち溢れていると言わざるを得ない。」

米国の原爆投下を日本政府が抗議せず、米国も謝罪していない。
では、オバマ大統領は何を目的に広島を訪問するのか。
原爆の威力がどの程度あったのかを、自分の目で見物するために広島を訪問するとでも言うのか。

 沖縄では、20歳の女性の死体を遺棄した容疑で、米軍属の米国人が逮捕された。
このタイミングでオバマ大統領が来日することになる。 沖縄の過大な基地負担と米国軍人による凶悪犯罪の多発について、オバマ大統領がどのような謝罪を行うのか注目しなければならない。

このような凶悪犯罪に見舞われている沖縄県民に対して、さらに基地負担を押し付ける考えを述べるのだろうか。

米国大統領選で共和党候補者に指名される可能性の高いドナルド・トランプ氏は、日本が米軍駐留費を全額負担しないなら、米軍は日本から撤退することを検討すべきだとの考えを示している。

日本にとっては千載一遇のチャンスになる。

日本が無条件降伏を受け入れたポツダム宣言には以下の条文が置かれている。

ポツダム宣言第十二条
十二、前記諸目的カ達成セラレ且日本国国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府カ樹立セラルルニ於テハ聯合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルヘシ

また、日本の国際社会への復帰根拠となったサンフランシスコ講和条約には以下の条文が置かれた。

サンフランシスコ講和条約
第六条
(a)連合国のすべての占領軍は、この条約の効力発生の後なるべくすみやかに、且つ、いかなる場合にもその後九十日以内に、日本国から撤退しなければならない。

日本の独立回復後、占領軍は日本から撤退することが義務付けられた。

ところが、サンフランシスコ講和条約第6条にはただし書きが付けられた。

「但し、この規定は、一又は二以上の連合国を一方とし、日本国を他方として双方の間に締結された若しくは締結される二国間若しくは多数国間の協定に基く、又はその結果としての外国軍隊の日本国の領域における駐とん又は駐留を妨げるものではない。」

さらに、同講和条約第3条には次の規定が盛り込まれた。

「第三条
日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。」

つまり、米軍は日本の独立回復後、すみやかに日本から撤退することが定められたが、日米両国は日米安全保障条約を締結し、米軍の駐留が継続され、現在に至っている。

そのなかで、沖縄は1952年4月28日の日本の独立回復と同時に、日本から切り離され、米国施政下に置かれた。
そして、日本本土にあった米軍基地は沖縄に移設され、現在では日本に存在する米軍専用施設の74%が沖縄に集中している。
第2次大戦で地上戦が行われ、沖縄は本土防衛のための捨て石にされた。
敗戦後は、日本から切り離された。
そして、日本復帰後も、過大な基地負担が押し付けられたままになっている。
そのなかで、米兵による凶悪犯罪が後を絶たない。

この状況下でオバマ大統領は沖縄に謝罪することもせず、沖縄の米軍基地建設推進を強要するのか。
無辜の市民を大量虐殺した現地を訪問して、国際法違反の行為について、謝罪もせずに観光のために訪問するというのか。
心ある日本国民は、オバマ大統領の「謝罪なき広島訪問」に連帯して抗議の意思を表明するべきである。


天木直人氏も次のように述べている。

米軍属による沖縄女性殺害事件の衝撃 
2016年5月20日 から一部抜粋
 
沖縄で行方不明になっていた女性が在日米軍の「軍属」によって殺害されていたというニュースがかけめぐった。

 このニュースを聞いた私はこれは見えざる神の手のしわざではないかと思った。
 辺野古移設を強行し、オバマの広島訪問で日米同盟強化の喧伝を目論む日米両政府にとって、このタイミングで、このような事件が起きた衝撃は、はかりしれないに違いない。

<中略>

 思えば、在日米軍撤退の気運が盛り上がるのは、きまってこのような不幸が起きた時だ。

 そして、最後は何も変わらないまま、その抗議は抑え込まれてしまう。
 なぜか。
 それは、日本が講和条約を結んだ後でも日米安保条約によって主権を放棄して来たからだ。
 主権を放棄して来ただけではなく、米軍による軍事占領を認めて来たからだ。

 今度の報道で、「軍属」という、およそ日本語になじまない言葉が存在する事を我々は知った。
 これは、日米安保条約の事実上の主役である日米地位協定に出てくる言葉だ。
 
すなわち、米軍基地内で働く軍人以外の米国職員と言う意味だ。
 
米国人は軍人だけでなくすべての者が、軍用機で自由に日本の米軍基地を往復できる。
 
入国審査を一切受けることなく、誰もが米国軍用機に乗れば米国本土と在日米軍基地を往復できる。
 
そしていったん在日米軍基地に降り立てば、そこから日本のどこにでも自由に行き来することができる。
 
日本で不祥事を起こしても、在日米軍基地に逃げ込めば、日本の主権は及ばない。
 
犯罪でもスパイでも何でもできるのだ。

 
なぜ、このような、世界でも異例の二国間関係がいまでも対等であるべき日米間で厳然と存在するのか。
 
それは、日本政府が、国民に知らせることなく、日米安保条約の交渉の過程で米国に譲歩して合意したからだ。
 
それがこの国の戦後70年の日米関係なのだ。
 

 <中略>

 なぜ小泉元首相が米国にまで行って、日本の被爆者よりも先に、トモダチ作戦に派遣された元米兵に涙を流して謝罪したか。
 なぜオバマの広島訪問が謝罪ではなく日米同盟の強化のための訪問になるのか。
 なぜ今度の選挙で、共産党を含めた野党共闘は、安倍打倒を叫んでも、日米安保問題を棚上げするのか。
 なぜ少女暴行事件で盛り上がった普天間基地返還が、いつのまにか辺野古新基地建設にすり替えられて、強行される事になったのか。
 なぜ今度の沖縄女性の米軍属による殺害事件が起きても、それがケネディ大使に対する大衆抗議や、オバマの広島訪問ボイコットに発展しないのか。
 なぜメディアの報道ぶりがここまで抑制的なのか。
 すべてが理解できる。
 我々はそろそろ米国から自立すべき事に気づかなければいけない。
 真実を知れば、そのあまりの従属ぶりに怒りが彷彿する。
 大衆の怒りこそが政治を動かす。
 日本国民は真実を知って怒らなければいけない。
 その怒りで、政治を自分たちのものにしなければいけない。

<後略>

 

沖縄には日本の国家主権を巡る最前線の闘いがあり、そこに我が国の病理が凝縮されている。しかし、その病理は、もともとは沖縄に、あるいは日本に固有のものではなく、外から持ち込まれたものである。ところが、国民は、この病理の源を排除することをせず、むしろ同胞が同胞を犠牲者として売り渡し、互いに攻撃し合うことで、真の病理の元凶を隠し、かばって来たのである。

米軍基地がらみの全ての事件は、いずれも「宗主国」の「属国」に対する優越感をよく示すものであり、その根源は本来、対等であるべき二国間に結ばれている不平等な条約にある。このような条約は、一方の国からの圧力だけでは結べない。そこには明らかに、日本国民の目からは隠れて、米国との不平等な条約を密約として結び続けて来た日本政府の存在がある。

なぜ日本政府はそのように国の主権を積極的に売り渡すようなことをして来たのか? そこには明らかに、上記のJOC竹田会長にまつわる事件にも見られるように、天皇制から始まって、旧宮家や財閥などに代表されるような、戦前の日本に作られた利権構造を、国民の目から隠れて密に温存したい人々の思惑があったとしか思えないのである。
 
つまり、日本という国が、真に国民が平等な国になっては困る人々が、国民が決して自分たちの置かれている理不尽な状態に気づいてこれを拒否して自立して立ちあがることのないように、しかも、自分たちの悪しき支配が表に出て国民の敵意を呼び起こすことのないように、米国の庇護を隠れ蓑に自らの支配を正当化して来たのだとしか思えないのである。

そのために、彼らは米国と手を携えてあらゆる解放運動の芽を潰して来たのであり、支配階級を敵視する共産主義思想が脅威になったのは言うまでもない。安保闘争が盛り上がった時、マルクス主義に影響を受けた学生運動を潰すために、宗教に名を借りて実質的には皇国史観を思想的に温存する生長の家などが学生運動を瓦解させる工作に一役買ったことは知られている。しかし、共産主義思想はもともとはキリスト教の焼き増しのようなものでしかなく、人を自由と解放に至らせることのできる真の衝撃力としてのキリスト教もまた彼らの目に見えない弾圧と監視の対象であった。(以下の記事で、興味深いことに、兵頭氏はキリスト教が暗闇の勢力の奥の院にさえ最も鋭く切り込むことのできる唯一の衝撃力であると認めている。)

さて、日本が、真に主権を取り戻すためには、米国からの自立を叫ぶだけでなく、国を売り続けて来た戦前の遺物との完全な訣別が必要となる。

戦前の遺物をブランドのようにありがたがる国民性から脱し、長い物には巻かれろ式に、自分はどれほど踏みにじられても、強い者には決して物申すことなく、自分よりも弱い同胞を踏みつけにして鬱憤晴らしをするだけのプライドも気概もない属国国民性を捨て、偽りの優越感によって買収されることなく、真の対等と自立を目指すことができるのか、我が国は再び重要な分岐点に差し掛かっているのだと言えよう。



沈黙のうちに再び見殺しにされる長崎のクリスチャンの犠牲者たち

ところで、なぜオバマ大統領は、広島訪問をして、長崎を訪問しないのか? その理由について、兵頭氏が、以下の記事で実に興味深い説を述べている。

 広島への第二の原爆投下
2016年5月17日 [USA] から一部抜粋

5月14日、安倍晋三は、オバマの広島見物(謝罪しない宗主国のトップは、見物にくるのである)に関して、「歴史的な訪問にしなければならない」と述べた。

それにしても、それほどオバマの広島見物はすごいことなのか。実は、それはすごいことなのである。なぜなら謝罪なしの広島見物をやってのけ、日本の政権も謝罪を要求しないという意味で、実にすごいことなのだ。

安倍は「世界で唯一の戦争被爆国の首相と、世界で唯一核兵器を使用した国の指導者が共に犠牲者に哀悼の誠をささげることは、核のない世界に向けての一歩になる」と語った。米国へのヨイショが身に染みついているのである。

戦後の日本の1%は、民族の負の遺産を語るのが好きだ。「世界で唯一の戦争被爆国」、「失われた10年」、「失われた20年」、「失われた30年」(どこまで失い続けるのか。いっそ「永遠に続く喪失」とでもしておけばいいのだ)「阪神・淡路大震災の教訓」、「東日本大震災の教訓」、「福島を完全にコントロール」……。すべてに失政が深く絡んでいるのだが、それさえわからなくなっているのだ。

だいたい不幸や悲劇は、誇らしげに他人に語るものではない。それさえわからなくなっているのである。

<中略>


結局、オバマは謝罪せずに今月27日に広島を見物して帰るということに落ち着いた。
なぜ長崎は見物さえしないのだろう。

<中略>

原爆投下された1945年当時の長崎は、500年以上も続いた日本キリスト教の中心地であった。米国は、市の中心部に投下した広島とは違って、長崎では、わざわざ軍需工場の三菱造船所を外し、浦上天主堂があった市の北西部を狙っている。

米国はすでに戦後を考えており、神としての天皇がいなくなった間隙をキリスト教が埋めることを潰しておく必要があった。極東の場末の神道などどうでもいい。欧米からはあらかじめ場末のカルトとして排除されている。しかし、キリスト教は世界への発信力がある。フリーメイソン(その奥の院としてのイルミナティ)への反撃力もある。

長崎は、米国も恐れる日本のバチカンであった。その象徴としてキリスト教大聖堂を狙ったイルミナティの、反キリスト教の戦略が長崎への投下を隠し続けるのである。

広島・長崎への原爆投下を、米国は戦争を終結させるためのものとして語る。しかし、この当時の日本に戦争継続の余力はなかった。昭和天皇裕仁はすでに戦犯免責を求めて画策していた。すでに制空権は奪われ、好き放題に大都市は焼き払われていた。

広島と長崎とで、違う原爆を市民に対して使ったのは、明らかに人体実験のためである。広島では爆弾の燃料としてウラン235(TNT火薬換算15kt)が使われた。

長崎では、破壊力が強力な最新のプルトニュウム239(TNT火薬換算22kt)が使われた。広島の1.5倍の威力である。

技術的な意味においても、政治的な意味においても、米国1%にとっては、広島より遙かに長崎の方が位置づけが重いのである。だから長崎は隠されるのだ。

フリーメイソンのトルーマン大統領は、原爆投下の指示書にサインしたとき、周囲の閣僚に向かって笑い、「獣(のような人間)に対処するときは、彼らを獣として扱わなければならない」と言い放ったといわれる。おそらく、そのときのトルーマンは獣の顔をしていたのだろう。

<中略>

オバマ大統領が広島を尋ねる訳だが、これを機会にアメリカが原爆を落としたのは、アメリカがわざと日本にパールハーバーを攻撃せざるを得なくさせたのと同じように日本政府がアメリカに原爆を落とさせた面がある事を指摘したい。日本に原爆を落とさせたのは当時の安倍政権の様な日本政府だった。

<中略>

2004年の民主党大会の基調講演でオバマは「進歩のアメリカと保守のアメリカとがあるのではない―アメリカ合衆国があるのみだ。黒人のアメリカが、白人のアメリカが、ラテン系人のアメリカが、アジア系人のアメリカがあるのではない ―― あるのはアメリカ合衆国だ」と語った。

この空虚な美辞麗句に人々は酔いしれた。この嘘は現実がすぐにあばいた。

<中略>


オバマ大統領誕生の意味は、黒人を差別し、排除してきた白人の偽善が、過去を免罪しようとしたのである。

その動機は広島でも実行される。広島見物で実現されるのは、広島・長崎への二度目の原爆投下であり、原爆ホロコーストの免罪であり、謝罪なしに広島見物を実現したという米国の最終的勝利の勝ちどきなのである。

<後略>


兵頭氏の見解によれば、オバマ大統領の広島訪問は、日米両政府が手を携えて米国による原爆投下を正当化し、それを追認する目的でしかないことになる。

このことは、キリスト教界とカルト被害者救済活動とが同根であるという筆者の主張にも通じるところがあるように思う。つまり、被害を生み出したまさに張本人(キリスト教界)が、かりそめの被害者救済運動を繰り広げることによって、その中にある支配構造(牧師制度)を肯定しながら、あたかも被害者に「同情」しているふりをして、上から目線で涙を注ぐことによって、被害者をより一層、被害者意識から立ち上がれないようにして自立を阻み、半永久的に被害者を踏み台にして自らの罪を正当化するのとよく似た構図を見る。被爆者への同情は、支配を正当化し、より強化するための口実でしかない。そんなうわべだけの「同情」に満足している人々がいるとすれば論外である。
 
さらに、兵頭氏は、長崎が注目もされないのは、長崎への原爆投下によって殺害された多くがキリスト教徒であったからだと述べる。すなわち、長崎への原爆投下は、予め戦後の日本において起きるであろうと見られた真のキリスト教の高揚を抹殺することが、本来的な目的であったのだというのである。

当時の軍国主義日本がキリスト教徒を抹殺したというならまだ理解できるが、表向きにはキリスト教国のように見えた米国が、日本のキリスト教徒の抹殺を積極推進したというのである。信仰を持たず、神に反逆するファシストの兵士を殺害したというならば、まだ弁明もあるかも知れないが、同じ信仰に立つ無害な一般市民である兄弟姉妹を殺したのだから、それは「兄弟殺し」であり、これに対しては弁明は成り立たない。このことは、連合国の側にも、実は大義がなかったことをよく表している。

(しかし、米国による日本のキリスト教徒への支配は戦後も続けられる。それはたとえば、戦後の日本の開拓伝道期に日本各地で起こり、当時は自由な教会であったものが、後には米国によってコントロールされる教団に組み入れられて行く様子にも見て取れる。プライス師の時代には教団に属していなかった鳴尾教会が、米国と深い関わりを持つアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に属して以後、起きた事件については言うまでもない。この教団を離脱するために同教会は多大な苦しみを通らねばならなかった。アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の推進するカルト被害者救済活動は、「教会のカルト化の危機」を口実に、日本のプロテスタント全体を監視下に置こうとしているが、そのようなことが起きる背景にも、以下で引用する記事にあるように、長崎への原爆投下を当時から正当化しつつ日本のキリスト教界に打撃を加えることを肯定していた米国の異常なキリスト教界が、今でも日本のキリスト教界を完全にコントロール下に置いておこうとする明らかな思惑が働いているように見受けられてならない。)

長崎の原爆投下によって殺されたクリスチャンについては、以前にも、「マスコミに載らない海外記事」から引用したことがある。以下の記事は長崎への原爆投下を明確に「キリスト教徒によるキリスト教徒の殺害」として告発し、この出来事に神と信者に対する冒涜的な意図があったことを記している。また、原爆投下の時点で、日本の敗戦は決定的なものになっていたのであり、それは戦争を終わらせるためというよりも、米国が日本人を実験台として、ソ連に先んじて自らの軍事力を見せつける意味も持っていたことを示している。

長崎原爆投下70周年 : 教会と国家にとって歓迎されざる真実
Dr. Gary G. Kohls
Global Research
2015年8月4日

洗礼と堅信礼を受けた、このキリスト教徒航空兵達は、致命的な突然のトラブルがいくつもあったにもかかわらず、戦時の命令に一字一句従い、業務を能率的に行い、軍人としての誇りをもって、任務を完遂した。1945年の大半のアメリカ人なら、もしボックスカー乗組員の立場になっていたら、まさに同じことをしていただろう。そして、もし、我々が、地上で、原爆が引き起こした人々の苦難を実際に目にせず、聞かず、臭いを嗅がなければ、そして後に、英雄として処遇されるのであれば、遡及的に、一般に、戦争犯罪と見なされるようになったものに参加したことに、精神的苦痛もほとんどなかったろう。

実際、戦争の歴史において、あの極悪非道の大量破壊兵器使用は、後にニュールンベルク裁判で、国際的な戦争犯罪、人類に対する犯罪として定義された。

もちろん、任務当時、乗組員がそれを知る方法など皆無だった。<略>

日本を降伏しにくくさせる

それは、原爆が広島を滅ぼした8月6日から、わずか3日後のことだった。長崎での原爆投下は、ファシスト軍事司令部が、いかに名誉ある降伏をするか議論すべく、天皇との会議を始めたばかり- すでに何ヶ月も前から、戦争に負けたことを理解していて、それゆえ戦争を終わらせる方法を模索していた東京における混沌、混乱のさなかに行われた。両国の軍と民間人指導部は、もう何カ月も、日本が戦争に負けたことを知っていた。

降伏に対する唯一の障害は、連合国諸国が、日本人が神と見なしていた天皇裕仁が、日本における名目上の長の立場から排除され、恐らく、戦争犯罪裁判にかけられる可能性を意味する、無条件降伏を主張していたことだった。この要求は、天皇を神と見なしている日本人にとって、耐えがたいものだった。

ソ連は、その一日前、8月8日に、40年前の(ロシアにとって)屈辱的な日露戦争で、日本に奪われた領土を奪還することを狙って、日本に対し、戦争を宣言し、スターリンの軍隊は、満州を前進していた。ロシア参戦は、ロシアより、アメリカに降伏するほうがずっとましだと考えている日本にとって、戦争を早急に終わらせる為の強い動機となった。そして、もちろん、アメリカは、いかなる戦利品も、ロシアと分け合いたくはなく、ロシアに対して、アメリカが、この世界における新超大国だという初期の冷戦メッセージを送りたがっていた。

ロシア参戦は、 7月16日、ニュー・メキシコ州での原子爆弾実験成功を知る前に、トルーマン大統領が奨励したものだった。

だが今や、トルーマンと彼のブレイン達は、スターリンの助けなしに、原子爆弾で日本を降伏させられるのを理解した。それで、ソ連と戦利品を分け合う意図は皆無だったアメリカは、アメリカが地球上の新たな超大国だという初期の冷戦メッセージをロシアに送りたかったので、天気が良く、原爆が利用可能になり次第(実際は、四発目の原子爆弾を製造する為に使える核分裂物質はもはや無かったが)原子爆弾使用の方向で進めるようトルーマンは、爆撃機司令部に命じたのだ。

<中略>

トリニティー実験

最初で、唯一の原子爆弾実地試験は、冒涜的なことに(明らかにキリスト教用語の)“トリニティー=三位一体”というコード名がつけられていた。この実験は、原爆投下に先立つこと三週間、1945年7月16日に、ニュー・メキシコ州アラモゴルドでおこなわれた。結果は見事に壊滅的だったが、爆風は、不運なコヨーテ、ウサギ、ヘビや他の砂漠の害獣を絶滅させただけだった。アラモゴルドの、プルトニウム原子爆弾は、長崎原爆と同じものだった。

トリニティー実験では、予期せず、後に“トリニタイト”と呼ばれるようになった、膨大な量の新たな鉱物をもたらしたが、これは原爆爆破地点上空の太陽温度の二倍もの強烈な熱によって生み出された溶岩塊だった。

1945年8月9日午前3時、(ボックスカーという“洗礼名を授けられていた”)超空の要塞B-29が、ルター派とカトリックの従軍牧師の祈祷と祝福を受けて、南太平洋のテニアン島を離陸した。

<略>

長崎は日本の軍事参議院が、再度降伏条件について議論をしている最中、灰にされた。

<略>

長崎キリスト教の歴史

長崎は、日本のキリスト教史上で有名だ。長崎は、日本で最大のキリスト教徒の集中地だった。浦上天主堂は当時の巨大教会で、12,000人の洗礼を受けた信者を擁していた。

長崎は伝説的なイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが、1549年に伝道教会を建てた場所だ。長崎のカトリック教共同体は拡大し、ついには続く数世代、繁栄した。ところが結局、日本にとって、ポルトガルとスペインの商業権益が、日本を搾取していることが明らかになった。やがてわずか数世代で、全てのヨーロッパ人と、彼等の外国宗教は国外追放された。

1600年から1850年まで、日本では、キリスト教徒であることは、死罪に値した。1600年代初期、信仰取り消しを拒否した日本人キリスト教徒は、磔刑を含め、言語に絶する拷問を受けた。大量磔刑を行った後、恐怖政治支配は終わり、あらゆる観察者にとって、日本におけるキリスト教は絶滅したかに見えた。

ところが、250年後に、マシュー・ペリー准将の砲艦外交が、沿岸の島を、アメリカ貿易の為に開放させた後、長崎には、政府には全く知られず、地下潜伏した形で、洗礼を施された何千人ものキリスト教徒達が暮らしていることが発見された。

この屈辱的な発見の後、日本政府は新たな粛清を開始した。ところが国際的圧力の為、迫害は止められ、長崎のキリスト教は地上に出現した。1917年には、政府から何の援助も受けずに、復興したキリスト教共同体が、長崎の浦上川地区に、壮大なセントメアリー大聖堂を建立した。


キリストの名において、キリスト教徒を殺害するキリスト教徒


9300メートル上空から確認可能な、長崎に二つしかない陸標の一つ(もう一つは、連合諸国の海上封鎖の為、原材料も不足していた、三菱の兵器工場複合体)である巨大な天主堂が、ファット・マン原爆の爆心地となったのは皮肉の極みだ。

午前11:02、木曜朝ミサのさなか、何百人もの長崎キリスト教徒はゆだり、蒸発し、炭化し、あるいは天主堂上空500メートルで爆発した、焼けつく放射能の火の玉へと消えた。間もなくきのこ雲から降った黒い雨が、多数の長崎の神道信者、仏教徒やキリスト教徒の入り交じった亡骸を包んだ。長崎の黒い雨の神学的含意は、あらゆる宗派の神学者達の心をひるませるに違いない。


長崎キリスト教信者の死者数


大半の長崎のキリスト教徒は、爆破から生き残れなかった。ゆるしの告解に出席していた全員を含め、6,000人が即死した。12,000人の教会員のうち、8,500人が原爆の結果として亡くなった。他の多くの人々も極めて致死的な全く新しい病気になった。放射能疾患だ。

近隣にあった三つの女子修道院と、キリスト教女学校が、黒煙となって消滅するか、炭の塊と化した。何万人もの無辜のキリスト教信者ではない人々も即死し、更に多くの人々が、致命傷を負ったり、治療もできないほど負傷したりした。犠牲者の子孫の中には致命的なプルトニウムや、原爆が生み出した他の放射性同位元素によって引き起こされる、継代悪性腫瘍や、免疫不全を患っている。

ここで、本記事の重要点の一つをあげよう。日本の帝国主義政権が、200年間にわたる迫害でできなかったことを(日本キリスト教の破壊)、アメリカのキリスト教徒は、数秒でなし遂げたのだ。

第二次世界大戦以来の数十年間で、キリスト教が、ゆっくりと復興した今でも、日本人教会信者数は、総人口のわずか1%というものでしかなく、キリスト教礼拝への平均出席者は、わずか30人と報じられている。戦争末期における長崎の絶滅が、一時は活気に満ちていた教会を、損なってしまったことは確実だ。 

<後略>


ここには、長崎のクリスチャンを代表として、日本のキリスト教が辿って来た受難の歴史が表れている。長崎への原爆投下が、クリスチャンに対する意図的な迫害であった可能性は、様々な形で指摘され始めているが、ここに、人間を悪魔への隷従から解き放ち、真の自由と解放へ導くキリスト教の持つ真の威力を暗闇の勢力が恐れていたことがよく表れているように思う。その点で、軍国主義下の日本が深い闇の中にあったと同様、連合国側にも、底知れぬ闇が潜んでいたことを思わずにいられない。

だが、キリスト教が本質的に持つ十字架の解放の力はどんな原爆よりもはるかに衝撃的である。これを発揮させないためにこそ、今も人口の1%程度の日本のクリスチャンは、米国と深い関わりのある教団によって始められた被害者運動なるものによって引き裂かれ、弾圧され、同士討ち的状況に陥れられている事実を考えなければならない。これもまたキリストの名を悪用して行われるクリスチャンに対する迫害なのである。特に今日沖縄のクリスチャンに起きていることはそうである。

しかし、最も激しい戦いに見舞われているからこそ、そこが最前線なのであり、最先端でもある。もし我が国の主権の回復――真の自立と解放が始まるとすれば、それは必ず沖縄からであると筆者は確信せずにいられない。

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