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私ではなくキリストⅢ(東洋からの風の便りII)

「私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。」(ローマ6:6)

正義の仮面を被り、無実の教会とキリスト教徒を迫害する村上密氏の活動の危険➀

 ~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の村上密牧師による
鳴尾教会人事への度重なる密室での不当な介入について~


写真:鳴尾教会の創立者のジュエル・プライス宣教師(左)と アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の津村昭二郎牧師(右) 出典:武庫川純福音キリスト教界NEWS

 


 

目次

.事の発端 
    ~鳴尾教会を引退するつもりのなかった津村昭二郎牧師~

2.騒動の原因
    ~村上密氏の介入により、密室で決められたAB伝道師の鳴尾からの異動~

3.津村氏をめぐる疑惑
    ~教団側文書によって明らかになった津村氏によるAB伝道師に対する一方的な嫌疑と理不尽な扱い~

4.混乱の深化 ~村上密氏による暗闇での鳴尾の人事への介入の問題点と、津村氏の責任をあいまいにした教団側の不透明で不適切な対応~
5.繰り返される悪夢
 ~教団側から鳴尾牧師に再びかけられた嫌疑~

6.事件のパターン化
 ~「津村氏の呪縛」? 村上サイドから鳴尾教会の牧者に繰り返されている攻撃~

7.「魔女狩り」の背景
 ~津村氏と村上氏の男尊女卑と唯我独尊の思想~

8.「魔女狩り」の理由その2
 ~村上氏は鳴尾をブランチ化したかった?~

9.本当の「異端者」は誰か?
 ~自己の無謬性を主張し、自ら神に代わって裁きを行うという異端~



 



1.事の発端 ~鳴尾教会を引退するつもりのなかった津村昭二郎牧師~

 
さて、鳴尾教会の問題に戻りたいと思う。鳴尾教会で起きた事件の問題については、かつて記事「『カルト監視機構』という名の秘密警察の設立について」においても説明したが、もう一度、ここで新資料を提示しながら、事件の全貌を振り返っておきたい。

鳴尾教会(現在の鳴尾キリスト福音教会(アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に属していた頃の名称は「鳴尾純福音教会」)は、約四十年間、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の管理下で、津村昭二郎牧師によって牧会された。津村師の牧会時代、妻かほる氏は講壇に立つことはかったので、事実上、牧会者は津村師一人であった。

*なお、鳴尾教会はアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団のもとで設立されたわけではない。鳴尾教会の創立者はアメリカ人宣教師のジュエル・プライス氏であり、1976年にプライス宣教師が帰国して以後、同教会はアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の管理下に入った。

この津村氏は言わずとしれた村上密氏(アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団所属七条教会、通称アッセンブリー京都教会牧師)の義理の父である。津村氏の娘の一人の恵子氏が村上密に嫁いだからである。しかし、村上密氏は津村氏の家族であるとはいえ、鳴尾教会で生活したことはなく、鳴尾で奉仕した回数も多くはなかった。

さて、2000年を迎えるより以前から、鳴尾教会の信徒らは、津村氏が高齢に達しているにも関わらず、後継者を迎えようとしないことに長い間、危機感を募らせていた。津村氏本人は、ベテラン牧師のプライドもあり、自分の気力・体力・知力の衰えを認めるつもりはなかったようで、引退の予定について自ら信徒に語ることはなかった。

だが、信徒の目から見て、教会は時代の変化に適応することを求められており、その中で、高齢となっていた津村氏にすべてを任せておくにはあまりにも大きな限界が感じられたことは確かである。(むろん、津村氏の活動の「限界」は高齢だけが原因では決してなかったのだが、そのことについては後述する。)
 
登録されている会員数だけ見れば、鳴尾教会は100人以上の信徒を抱え、人の目には比較的成功している大規模教会のように映ったかも知れない。しかし、これはあくまで帳簿上の数字であり、「死せる魂」が相当数存在していたことは否めない。

毎回の礼拝の平均出席者数はそこからかなり割り引いて考えねばならず、 さらに伝道集会となるとそれはもう悲惨なものであった。ほぼ毎回、新しい求道者がやって来ることは極めてまれで、空席の穴埋めのために古参信徒が動員された。

正直な話、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団時代の鳴尾教会の礼拝の雰囲気は冷淡で、時代の風潮からも取り残されており、福音伝道ということを抜きにしても、人の関心を引く魅力に欠けていた。当時、教団は米国発の新たな霊的ムーブメントの取り込みに精力を傾けていたが、これらの霊的ムーブメントには極めて怪しい非聖書的な教えが多分に含まれており、それは教会にさらなる混乱をもたらすことがほとんどであった。とはいえ、いずれにしても、教会が変革を求められている事実だけは、信徒は誰も否定していなかった。
 
そんな状況の中、鳴尾教会も、若者を積極的に取り込めるような新たな伝道スタイルを模索する必要に迫られていた。その過程で、新しい賛美歌を取り入れたりといった試行錯誤が行われたが、何しろ、高齢の牧師と高齢の信徒ばかりでは改革しようにも結果は知れている。何よりも、津村氏がただ一人の牧会者としてワンマン運営に慣れてしまって、信徒らの言葉に耳を傾けなくなっていることが大きな問題であった。高齢者の牧師が一人で牧会を続けることに信徒が不安を募らせないはずもなく、信徒らは教会の若返りの必要を感じており、津村氏の適宜引退と、教会に活気をもたらす若い吸引力となる後継者の牧師の赴任を望んでいた。
  
信徒らのこうした要望は、教団や、津村氏自身にも何らかの形で伝わっていたとみられ、鳴尾には実際に、2回ほど伝道師が派遣されて来た。しかし、いずれの場合も定着することなく、早々に鳴尾を去ることになった。一人目は結婚とほぼ同時期に教会を去り、二人目は海外から夫婦で赴任して来たが(便宜上、AB伝道師と呼ぶ)、後述の伝道師の書簡で示す通り、津村氏のワンマンぶりと人遣いの荒さのために極限状態まで追い込まれた上、津村氏によって異端の嫌疑までかけられて、教会を去ることを余儀なくされた。この事件には最初から最後まで村上密氏の密室での介入があった。

鳴尾教会で騒動が持ち上がったのは、後者のAB伝道師夫妻が教会を去ることが決まってからのことである。AB伝道師夫妻の他教会への異動は、鳴尾信徒の承認なしに、津村氏と村上氏の意向により密室で一方的に決められた。そこで、この事件が鳴尾の信徒らに知らされた時、それは信徒らにとって、全く寝耳に水であった。


2.騒動の原因 ~村上密氏の介入により、密室で決められたAB伝道師の鳴尾からの異動~

AB伝道師夫妻は教団から派遣されて以来、鳴尾の信徒らになじんで好意的に迎えられていた。伝道師夫妻と信徒との間で騒動が持ち上がったことはなく、平均年齢がかなり高かった鳴尾教会では、若く活気あふれる働き手は非常に貴重な存在として受け止められ、AB伝道師は津村師の後任者として信徒からも期待をかけられていた。
 
教会の後継者と目されて赴任して来た伝道師が教会を去るとすれば、よほどの重大な理由がなくてはならない。それに伴う信徒の失望もかなり大きいことが予想されるので、そのような決定は、きちんと教団・教会内でよく話し合った上、信徒も含めて、教会全体が納得できるような手続きを経て運ばなければ、教会に大きな混乱を引き起こすことは避けられない。

ところが、次の書簡でも示されているように、伝道師夫妻の鳴尾からの異動の決定は、村上氏と津村氏によって、鳴尾信徒らへは全く知らされることなく行われ、村上氏と津村氏は、密室で伝道師に異動を迫り、すべての出来事を信徒の頭越しに運んだのである。そうでなくとも、鳴尾教会では、すでに述べたように、長年に渡って津村氏によるワンマン運営が行われ、役員会までもが形骸化していたので、信徒らは教会の重要な意思決定において、常に蚊帳の外に置かれているも同然であった。

津村氏は持ち前の強引な性格と、教会には彼の他に牧会者がいないという事情を利用して、すっかり物事を独り決めすることに慣れてしまっており、何事も信徒によく相談したりお伺いを立てたり、信徒の納得がいくまで説明するということがなかった。その上、この事件には、教団理事であったとはいえ、本来、鳴尾とは直接の関係がなかった村上密氏が暗黙のうちに介入していたため、事態はより鳴尾信徒にとって見えにくく、複雑になっていた。すべての重要な決定が、鳴尾信徒を完全に蚊帳の外に置いたまま、村上氏が用意した密室での話し合いによって決められて行ったことこそ、この事件の混乱の最も主要な原因であったのだと言える。

その結果、AB伝道師夫妻が突然、教会を去る羽目になったことについて、最後の最後の段階になるまで、信徒には全く事情が知らされなかった。役員すらも事情を知らず、伝道師夫妻が異動することが明白となってから、ようやく信徒にその事実だけが知らされた。

当然ながら、ようやく後継者問題に解決が見いだせると期待していた鳴尾信徒らは、この頭越しの決定に大きな衝撃を受け、納得できないものを感じ、憤慨した。そして、なぜそんな決定が行われるに至ったのか、教団側に明確な説明を求めたのも、当然のことである。


3.津村氏をめぐる疑惑 ~教団側文書によって明らかになった津村氏によるAB伝道師に対する一方的な嫌疑と理不尽な扱い~

さて、教団は鳴尾信徒らへの説明の過程で、教団責任者に宛てて書かれたAB伝道師の苦情の書簡と、それに対する津村氏の反論を信徒らに提示した。この教団側からの説明の過程で明らかになったのは、AB伝道師の異動の決定は、彼らが鳴尾の後継者にふさわしくないと判断した津村氏の意向を受けて行われたものであり、津村氏と伝道師夫妻の考えには以前から大きな相違があったということである。

さらに、津村氏と伝道師らの見解の相違は、両者が直接話し合って物事を決めず、常に村上密氏が介入して津村氏の意向を代理で伝道師に伝えようとしたために、余計にこじれ、両者の溝が決定的なものとなって行ったことが判明した。

まず、この時点で初めて鳴尾信徒に明らかにされた重要な争点としては、次のようなものがあった。

1.AB伝道師夫妻は、津村氏が間もなく引退して後継に道を譲るということを条件に鳴尾教会に赴任して来たが、いざ赴任して見ると、津村氏には一向に引退の意志がないことが明白となり、約束が裏切られたこと。

(津村氏にあたかも引退の意志があるかのように伝道師に伝え、鳴尾への赴任を促したのは、津村氏本人ではなく、村上密氏であった。次に、津村氏には引退の意志がないと伝道師夫妻に伝え、鳴尾から異動するように促したのも、津村氏本人ではなく、村上密氏であった。

 津村氏は反論の中で、あたかも自分には後任に道を譲るつもりがあったかのように述べているが、実際の行動によっては、その意志は何ら裏付けられることがなかった。むしろ、津村氏が伝道師に嫌疑をかけて後継者を追放するという行為に及んだことにより、結果的に、彼には後継を育てるつもりがなく、引退の意志もなかったことだけが裏付けられた。)

2.津村氏がAB伝道師を排除するために、密室で彼らにさまざまな嫌疑をかけていたこと。その中には、B氏の説教が異端的であるという指摘や、A氏の牧会活動の不備への非難等も含まれていた。

(しかしながら、こうした問題は、すべて津村氏が一方的に密室でAB氏に対して提起しただけのものであり、教会内の公の場ではきちんと議論されたことが一度もなかった。鳴尾信徒に対しては、そのようなやり取りがあったこと自体、秘密にされていた。)

3.伝道師夫妻が鳴尾から異動することがすでに決定した後で、彼らの書簡を通して、2.における津村氏のAB氏への非難には正当な根拠がなく、B氏の説教の異端性を裏付けるだけの十分な証拠も、A氏の牧会の不備を裏付ける証拠も存在しなかったことが判明した。

(むしろ、AB氏の書簡から明らかになったのは、彼らにあまりに理不尽かつ配慮に欠ける労働条件・生活条件を耐え忍ばせていたのは津村氏の方であったという事実だった。そうした背景を見るならば、津村氏がAB両氏にかけた様々な「嫌疑」も、正当性のあるものではなく、むしろ、津村氏が伝道師夫妻を単なる労働力のようにしかみなしておらず、後継として尊重していなかった一連の理不尽な扱いの一環であり、両氏を教会から追いやるための口実であったと見る方が自然である。)

4.こうした津村氏の一連の圧迫的な言動によって極限まで追い込まれ、また、津村氏に引退の意向がないことなど約束が裏切られたことに不信感を持ち、さらに村上密氏による密室での圧力を受けて、AB伝道師夫妻の方でも、鳴尾教会にとどまることが無理だと判断して異動届を出したことが明らかになった。

(しかしながら、この決定もまた村上密氏が、津村師の同席なしに、鳴尾信徒の頭越しに、密室で伝道師に促した結果であった。)


4.混乱の深化 ~村上密氏による暗闇での鳴尾の人事への介入の問題点と、津村氏の責任をあいまいにした教団側の不透明で不適切な対応~

すでに述べた通り、教団側からの説明の際には、伝道師夫妻が教団に宛てて書いた苦情の書簡だけでなく、それに対する津村氏からの反論も、きちんと信徒らに示されたにも関わらず、それによっても、鳴尾信徒らから信頼を寄せられていたAB両氏をどうしても津村氏が教会から異動させねばならないほどの重大な理由が存在したとは誰にも理解できる状況ではなかった。

何よりも、これほど重大な決定を信徒の誰一人とも十分に話し合うことなく独り決めした津村氏の行動そのものが、鳴尾信徒に重大な不信感を抱かせたのであった。そこで、鳴尾信徒の大半は、AB両氏を鳴尾教会の後継者にふさわしくないとして教会から異動させた津村氏の判断は、適正を欠く誤ったものであったと理解した。

さらに後継問題と同時に、津村氏による教会会計の私物化という問題も提起された。会計問題は、津村氏の教会のワンマン運営の一部でしかなかったのだが、実際に使徒不明金の存在も指摘され、津村氏はその疑惑に対して十分に応えることができないまま、引退することになった。

このように、AB伝道師の書簡を含め、教団側が鳴尾信徒らに提示した文書の存在を通して、鳴尾信徒には、教会人事の決定が、それまでずっと津村氏と村上密氏の介入によって、鳴尾信徒をよそに暗闇で行われたことが明らかになり、その手続きの不当性、不適切さが問題となった。そこで、その文書の内容は、AB伝道師に対する疑惑よりも、むしろ、津村氏に対する疑惑をより一層、深めさせるものであった。

にも関わらず、教団側は、人事決定の手続きの公正さが正しく確保されていなかった事実や、津村氏にまつわる一連の疑惑に対して十分な説明を行うことがないまま、また、村上密氏の介入の責任問題をも全く明確にすることなく、ただ津村氏の自主的な辞任という結果だけで、言葉を濁したのであった。

こうして教団は、この事件の全体の責任の所在を全くあいまいにしたまま、真相を何ら究明することもなく、幕引きをはかろうとしたが、そのことが、鳴尾の信徒らに教団そのものに対する払拭しがたい疑念を生じさせるきっかけとなり、その後、同教会の教団離脱に至るまで、長く続く混乱の原因となった。

そうなった背景にも、津村氏の家族として、同氏をかばいだてしたい村上密氏の思惑が強く働いていたことは疑いの余地がない。


5.繰り返される悪夢 ~教団側から鳴尾牧師に再びかけられた嫌疑~

このようにして、鳴尾教会は、後継者と期待していた伝道師(異動の時点では正教師になっていた)を失い、主任牧師も引退によっていなくなり、それらの出来事を引き起こした事件は一体、何だったのかということについても、教団からは何ら明確な説明を得られないまま、無牧の混乱の中に投げ出された。

その後、教団から鳴尾に新たな牧師が後任として派遣されるまでにも、相当な月日が経過した。こうした事件は、鳴尾信徒に深刻な悪影響を与え、後任の牧師が赴任するまでの間にも、起きた事件の理不尽さや、教団の不透明な対応に失望し、これに愛想を尽かした信徒の深刻な離散が続いた。この信徒の離散は、新たな牧師夫妻が赴任した後でもやまなかった。

教団は本来、津村氏にまつわる事件についてきちんと究明し、責任の所在を明らかにすべきであっただけでなく、もちろんのこと、その後、鳴尾信徒の混乱をおさめ、信徒の離散を防ぐために全力を挙げて事態の収拾にあたるべきであった。

ところが、あろうことか、新たな牧師夫妻(山田博・晃美氏)を鳴尾に派遣した後になっても、教団(及び村上+津村サイド)は、後述するように、再び以前と同じ悪夢のような問題を蒸し返して鳴尾を苦しめることを目的としてでもいるかのように、今度は新しい牧師夫妻に対してまでも、異端の嫌疑をかけ、様々な疑惑を提起しては、彼らがあたかも鳴尾の牧会者にふさわしくないかのように主張し始めたのである。

(こうした疑惑の多くは、後述する通り、村上密氏のブログや、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団とは無関係の杉本徳久氏のブログ「随想 吉祥寺の森から」を通して発表された。)

他方、津村氏は鳴尾を辞任後、村上密氏の牧会する京都教会に引き取られ、そこで何事もなかったかのように奉仕を続けていた。すでに鳴尾からは退いたはずなのに、本心では鳴尾を手放したくないと思い続ける津村氏の呪縛が、まるで亡霊(いや、生霊)のごとく、依然、村上氏と教団を経由して、遠隔操作によって鳴尾に及んでいるかのような不気味な状況であった。

鳴尾はすでに何人もの伝道者を教団側の意味不明な動機によって失い、大きな混乱を経験していたので、今度は新しい牧師夫妻までも、またも訳の分からない嫌疑によって教会から取り上げられて、同じ混乱が繰り返されるのを恐れた。大勢の鳴尾信徒らは、もはや教団から離脱しないことには、このような「津村氏+村上氏による呪縛」は終わらず、ずっと同じことが繰り返されるだけであると判断したのだと思われる。

そこで、鳴尾教会は正式な教会内手続きを経て、信徒の総意によって、教団を離れることを決定した(「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」記事によれば2010年5月27日付で単立教会としてスタート)。しかし、教団側はこの決定を認めようとはせず、あたかもこの単立化は牧師夫妻の扇動によって、教会を乗っ取るために引き起こされた不正な手続きであったかのように主張して、恫喝に等しい裁判をしかけることによって、教団離脱を決めた鳴尾教会と信徒らに対して「報復」し、離脱を阻止しようと試みたのであった。

(これについては以下の記事に記したので参照されたい。教団側はことごとくこれらの争いに敗北した。
カルト被害者救済活動の暴走~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による魔女狩りとしての鳴尾教会への恫喝訴訟とAG信徒による他教会の乗っ取り~
宗務時報No.115 ~日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾キリスト福音教会の教団離脱手続きに対する異議申し立て棄却の記録~
文化庁第160回宗教法人審議会議事録 ~日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾キリスト福音教会の教団離脱手続きに対する異議申し立て棄却の記録~


6.事件のパターン化 ~「津村氏の呪縛」? 村上サイドから鳴尾教会の牧者に繰り返されている攻撃~

こうしたことを振り返ると、津村氏+村上密サイドすなわち教団側は、鳴尾に赴任して来た伝道師や牧師に対して、次々と、同じような「異端疑惑」や「牧会不備の嫌疑」をかけては、鳴尾教会から牧者を追放しようと繰り返し試みて来たことが分かる。

個々の事件だけを見て行くと、重箱の隅をつついたような論争に陥りがちであるが、こうした一連の事件を合わせてみると、そこには津村氏と村上氏サイドの一種のパターンと化した行動が見えて来る。AB伝道師夫妻と、現在の鳴尾教会の牧師である山田夫妻の鳴尾への赴任は、時期が全く異なるにも関わらず、不思議なほど、両者に対してかけられた教団側(村上サイド)からの嫌疑(言いがかり)は内容が似ているのである。

特に、極めて興味深いのは、村上+津村氏サイドがまずは女性牧者に対して「異端」の濡れ衣を着せようと試みていることである。

AB氏の書簡でも、津村氏が特に女性伝道師であるB氏に対して執拗に異端の言いがかりをつけようとしていたことが分かる。ちなみに、同伝道師が鳴尾を去った後で他教会を牧会する中で、同様の話は一度も持ち上がったことはない。

こうした事実を見るにつけても、B氏に対する「異端疑惑」は、鳴尾から気に入らない牧者を追放する口実として、村上・津村師サイドが持ち出した事実無根の言いがかりであったとしか思えないのである。そして、同じ手法を用いて、村上密サイドは、その後、今度は鳴尾教会の現在の牧師である山田夫妻、特に夫人の牧師山田晃美氏に対して異端疑惑を持ち掛けたのである(村上密氏のブログ記事参照)。

このように、村上サイドがまずは女性伝道者に異端の嫌疑をかけて、次に男性伝道者に対しても言いがかりをつけ、両者を追放しようと試みる手法は、両事件に共通しており、村上+津村氏サイドの常套手段のようにも見える。

そもそも異端の嫌疑というのは大変、深刻な問題であるから、そのような問題を論じるにあたっては、ことを公にして教団内の専門家らの間で公式の会議を行ない、慎重に議論を出すことが不可欠である。そうした公の審議もなされないうちに、津村氏がB氏にしたように、一方的に牧師が牧師を密室で非難し、さらにそれを根拠として人事異動の理由とすることが、いかに常識はずれで理不尽な手続きであるかは、言うまでもない。このような方法で行われた異動は、とてもではないが、正当な手続きとは言えない。

こうしたことからも、異端疑惑は、村上サイドが気に入らない人間を左遷するための口実作りを行なっていたとしか考えられないのである。

村上サイドは山田晃美氏に対して異端の嫌疑をかけた際、これが教団内できちんと議論・検証されるよりも前に、教団とは無関係の個人である杉本徳久氏のブログ「随想 吉祥寺の森から」などを盛んに使って中傷を流布し、事実の裏付けがきちんと取られないうちに、牧師夫妻のイメージを貶めようとした。そして、そのようにまことしやかに流布された「異端の嫌疑」は、教団内で話し合われた結果、裏付けが取れず、全く認められないまま今日に至っている。

(村上密氏が山田晃美氏に対して主張した異端疑惑が教団内でも認められなかった事実については、「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」の記事参照)。


7.「魔女狩り」の背景 ~津村氏と村上氏の男尊女卑と唯我独尊の思想~

このような「魔女狩り」とでもいうべき、女性伝道者に対する村上+津村氏サイドからの執拗な事実無根の言いがかりは、なぜ行われたのだろうか。

津村氏を身近で見て知っている人間として、率直に言えることは、同氏は相当なワンマンな教会運営者であったということである。鳴尾では、古参の男性役員の意見にさえ真摯に耳を傾けることがなく、まして女性の言い分に耳を傾ける習慣はなかった。

津村師の妻も講壇に立つことはなく、常に後ろに退いて同師のサポート役に徹していたことを見ても、戦前の家父長制の色濃く残る時代に生まれた津村氏は、夫のある女性は、妻として母として、夫を立て、男性を支えるために黒子に徹すべきという考えを持っていたのではないかと想像される。

戦争という出来事も手伝って、恵まれた教育を十分に受けているような余裕がなかったのかも知れないが、津村氏は、女性が高い教育を受けて伝道者となり、男性と同じように講壇に立って説教するということ自体に、強い違和感を覚え、自分の地位が脅かされるかのように感じていたのではないかと想像される。

(ちなみに、津村氏の娘である村上恵子氏は牧師資格を持っているはずだが、村上密氏と同じように講壇に立ってメッセージを語り、活躍しているという話を聞いたことがない。やはり、夫よりも後ろにさがってサポート役に徹すべきという考えを持っているためだと思われてならない。それだけでなく、恵子氏については、津村氏同様に、生き生きした感情を極度に抑圧されて無慈悲・冷淡・無感動になっているという印象を常に受けざるを得なかった。このことは私だけが指摘しているのではなく、カルト被害者が述べていることである。そして、この点こそ、村上密氏の活動の正当性に対する疑念を私に抱かせる最初のきっかけになった事実であった。つまり、男性牧師の活動の正しさは、夫人を見れば分かるのだと言える。どんなに牧師が活躍して自己満悦していたとしても、夫人が幸福でなければ何の意味もない。女性の目には女性が本当に幸福に生きているかどうかは決して偽ることはできないのである。ただし、このことについては別稿で触れる。)

改めてAB伝道師の書簡を読むにつけても、津村氏の内心では、女性伝道者の活躍を快く容認できなかったのみならず、自らの後継者と目されていた男性伝道者に対しても、同じように嫉妬深い、敵意に近い感情が生じていたことが見えて来る。

一言で言えば、津村氏はずっと自分だけが鳴尾教会のナンバーワンでい続けたかったのであり、鳴尾を牧会していた間も、鳴尾を去った後も、彼は自らの地位を誰かに譲ることに我慢がならなかったのではないかと思われる。

だからこそ、自らの後継になりうる人物に異端の嫌疑をかけて追放を試み、村上密氏を通して、今日に至るまで、鳴尾教会を取り戻そうと執拗な戦いを続けているのではないか? 

だが、ここまでくると、これは妄執であり、呪縛と言って差し支えない。鳴尾は、津村氏の辞任後も、今に至るまでずっと生霊のような津村氏の呪縛に追われていると言えるかも知れない。 


8.「魔女狩り」の理由その2 ~村上氏は鳴尾をブランチ化したかった?~

さらに、津村氏のみならず、村上氏までが、鳴尾の教団からの離脱の決定に対して、これほど執念のような反発を示しているのはなぜなのかという疑問が生まれる。

これについては、津村氏のみならず、村上氏もまた、津村氏の引退後、鳴尾を自分の手中におさめることを狙っていたのではないかと推測されるのである。

そう考える理由として挙げられるのは、村上密氏が、カルト被害者救済活動を通して、カルト化の疑いがあるプロテスタントのキリスト教会に積極的に裁判等をしかけて教会を取り潰し、信徒を「救済する」という名目で、自分の教会のブランチ化して来た事実があるためである。

このブランチ化という手法を見るならば、ファミリー経営の企業の合併のような感覚で、村上氏が津村氏の引退後、鳴尾教会は当然、自分の教会のブランチになると考えていたとしても不思議ではない。

京都教会と鳴尾教会はそれほど地理的に離れておらず、沖縄の教会をブランチ化するよりも、鳴尾をブランチ化する方が事ははるかに容易である。

だが、鳴尾に村上氏になびかない牧者がいる限り、それは成立しない得ない夢だ。特に、立派な教育を受け、強気でものを言ってくるような「目障りな」女性伝道者などもっての他ということになろう。
 
だからこそ、そういう「小賢しい連中」はあらゆる嫌疑をかけて早々に追放してしまい、鳴尾教会を何が何でも自分の教会に併合したかった、それが村上氏の本音ではあるまいかと推測されてならないのである。いずれにしても、そのような理由でもない限り、裁判で敗北しても、なぜ村上氏が一向にこの教会を諦めようとしないのか、説明がつかないのである。

このことは、これまで村上氏が自らにとって不都合な人物に対して盛んに行って来たネガティブ・キャンペーンの内容を見ても、さらに確信が強まる。

村上密氏のネガキャンの内容は、大体、彼自身の野望を他人にすり替えて転嫁して非難して来ただけに過ぎない。これは杉本徳久氏にもあてはまることであるが、彼らが他人に向けている非難のほぼ全ては、彼ら自身にそのままそっくり当てはまるものなのである。

たとえば、村上氏は、あたかも鳴尾の山田牧師夫妻が鳴尾教会を「乗っ取った」かのように主張していたが、同教会は適正な手続きによって教団から離脱したのであり、そこに「乗っ取り」は全く存在しなかったことが裁判によっても裏付けられている。

そこで、改めて生まれる疑問は、この教会を「乗っ取ろう(=併合しよう、ブランチ化しよう)」としていたのは、むしろ、村上氏自身(+津村氏)の方ではなかったかということである。

自らの野望を隠すためにこそ、同氏はそのような思惑をあたかも他人のものであるかのようにすり替え、自分は正義の味方のように装いながら、あの手この手で牧師の頭越しに鳴尾信徒に接近し、牧師夫妻の悪口を吹き込み、鳴尾教会の意思決定を分裂させては、この教会の教団からの離脱を阻止し、自らの支配下に取り戻そうと試みて来たのではないかと見られる。

おそらくは、早くから鳴尾教会を自らの支配下におさめようという思惑があってこそ、村上密氏は、津村氏の義理の息子という立場を存分に利用して、鳴尾教会の人事に積極的に暗闇で介入を繰り返して来たものと見られる。

いかに津村氏との義理の家族関係があったとしても、鳴尾信徒の頭越しに、密室で、教会人事に介入するなど言語道断である。それは誰の目にも、適正さを欠く、不誠実で信頼できない行動と映るのは明白である。

なぜそのような不透明な介入を村上密氏は当時から行って来たのか。それは鳴尾教会の人事を暗闇で思うがままに動かし、この教会を自分の支配下に掌握するためではなかったのか。鳴尾教会の教団からの離脱を手を尽くして阻止しようとしているのも、同じ理由からではないのか。

つまり、村上氏はどうしても鳴尾教会を自分の支配下に掌握したいのである。そのためにこそ、津村氏を利用して当時からこの教会に対して、あらゆる不当な方法を用いて介入をはかって来たのである。

だからこそ、鳴尾教会はこのような村上氏(+津村氏)の執拗な「魔の手」を逃れるために、教団を離脱して去って行ったのである。


9.本当の「異端者」は誰か? ~自己の無謬性を主張し、自ら神に代わって裁きを行うという異端~

繰り返すが、村上密氏の鳴尾教会に対するネガティブ・キャンペーンは、ただ彼自身の野望を他人に投影し、責任転嫁するものでしかない。だから、彼らが鳴尾の牧者にかけた「異端」疑惑についても、真の「異端者」とは誰なのか、という問題を今一度、よく考えてみる必要がある。

村上密氏は最近でも、「教会のカルト化―神のことばに混ぜ物をして売る危険―」などと題して、盛んにカルト対策セミナーを行なっている。しかし、こうした題名を見るにつけても分かるのは、彼は自分は決して間違わず、正しい見地から物事を主張できると考えて、カルト化の危険をただ他人事として述べているということである。

もし「混ぜ物」をする危険を訴えるならば、本当は、村上氏自身にこそ、誰よりもその危険をかえりみなければならない。なぜなら、村上氏の誤りの多い偏ったブログの文章や、彼が他人に対してまき散らして来た裏づけの取れない中傷こそが、「混ぜ物」に他ならないからである。

村上氏のブログ内容は、人間的な観点だけから見ても、客観性を欠く問題だらけの内容である。自らにとって不都合なことは、たとえ事実であっても書かれてはいない。これを差し置いて、他人だけに向かって御言葉へ「混ぜ物をする危険」など悠長に語っていられる場合ではない。

だが、村上密氏はそのようなことをかえりみることはない。同氏は自分だけは誤りに陥ることなく、他教会のカルト化を取り締まる正義の味方でいられると思い込み、一方的で独善的なものの見方しかできなくなってしまっている。こうした背景には、異端の影響があると思われてならないのである。
 
キリスト教の異端の一つに、地上において人間が完全に聖化するという考えがある。このブログでも再三に渡り、訴えて来たように、すべての異端は、人が自力で神の聖に至ることができるというグノーシス主義であるが、その一環として、地上において信者が完全な聖化に至ることができるとする偽りの思想がある。

聖書によれば、人間は霊・魂・肉体を持っており、神の霊と交わることができるのは、人の霊だけである。従って、どんなに神と霊において親しく交わったとしても、信者が聖別されるのは霊だけであり、堕落した魂と肉体が聖化されるわけではない。

地上にある限り、人間の魂も、肉体も、神から離れており、従って、人が地上で完全に聖化されることはなく、人とキリストとの完全な結合は、復活の時を待たなければならない。従って、地上における信者の歩みとは、絶えず「霊によって体の働きを殺す」という性質を持たねばならず、堕落した体の働きがなくなることはなく、体の贖われる時にならなければ、決してそこから解放されることはなく、完全な歩みには至らないのである。だからこそ、信仰者は絶えずイエスの血潮にすがっていく必要がある。
 
ところが、グノーシス主義に影響を受けた異端は、このような霊・魂・肉体の切り分けを否定して、あたかも人の全てが(魂・肉体も含めて)神を信じれば聖化されるかのような偽りの思想を吹き込む。文鮮明を再臨のキリストとみなし、合同結婚によって信者が「聖家族」に加えられると教える統一教会は言うまでもないが、ペンテコステ系の多くの教えにも、この種の偽りが混入している。

こうして、自分が完全に「聖化」されたかのように偽りを信じてしまった信者は、それ以後、自分を神に等しい絶対者として考えるようになり、己の言動の無謬性を信じた結果、自分の過ちをかえりみることがなくなってしまう。そして、自分のメッセージを神の御言葉と同一視して、信者に絶対服従を求めたり、自分の判断を神の審判と勘違いして、自分に逆らう者をことごとく「悪魔」、「異端者」扱いして追放し、魔女狩りのような「異端審問」を実行して、無実の人々を苦しめたりする。

村上密氏の活動を振り返る時、そこに顕著に表れているのは、同氏が自分を神のように絶対的に正しい存在とみなして、それを根拠に、他人の内心を取り締まり、指導できると思い込んでいることである。もし自分が神と同じほど正義であり、聖であるという確信がなければ、他者の信仰生活に立ち入って、その誤りを批判し、これを実力行使によって排除するために取り締まるなど誰にもできない相談である。
 
異端について警戒を呼びかけたり、危険な教えに逸れている信徒に忠告することは、聖書が禁じておらず、むしろ奨励していることであり、それ自体は何ら咎められる行為ではない。だが、そのためには、聖書の御言葉に照らし合わせて詳細な検証が不可欠であり、それをせずに、誰彼構わず気に入らない人物に異端のレッテルを貼って排除するのでは、単に「魔女狩り」にしかならない。

さらに、独麦は抜かずにおくようにと聖書が教えていることから、たとえ異端者であっても、クリスチャンが裁判等により、これを実力行使で排除することによって生活の場を奪い、いつまでも報復行為によって苦しめ続け、追い詰めるようなことは認められていない。

まして、教会に「異端」の嫌疑をかけ、教会に裁判をしかけて弱体化させることによって、教会を自分の教会に併合したりするような活動は、人の目から見ても「救済」からはほど遠く、何ら聖書に基づくものではない。そもそも牧師が教会を訴えるという行為自体が、村上密氏の登場以前には、プロテスタントのキリスト教界に未だかつて存在したことのない異常現象なのである。

そして、鳴尾の教会人事に資格なしで介入して来たことや、私がここで指摘している「サイバーカルト監視機構」の存在を含め、開かれた公の場での話し合いを通して、物事を解決して行くのではなく、常に自分は矢面に立たず、密室の暗闇で、証拠の残らない形で、他人に影響力を行使し続けて来たこのような人物が、果たして信頼に足るのかどうか、信仰者と言えるのか、何を目的にキリスト教界で活動しているのか、改めて考える必要がある。

こうしたことから、鳴尾教会の牧者に対して次々と「異端」の嫌疑をかけて排除を試みて来た村上密氏であるが、同氏自身は何者なのか、果たして異端者でないと言えるのか、このような人物がクリスチャンと呼ばれるにふさわしいのか、慎重に再考することが必要である。

何よりも疑わしいのは、同氏がプロテスタントのキリスト教界のすべての他の牧師をさしおいて、自分こそが教会のカルト化問題を取り締まる第一人者であると考え、他者の信仰について正しい判断ができると自負していることである。それ自体、極めて異常であり、己を神に等しい絶対者とみなしていなければ、決してできない行動であることに思いを馳せる必要がある。

そのような高慢を信者に生じさせる背景として考えられるのは、いつも決まって 統一教会の教えのように、地上で完全な聖化がありうると教える異端の影響以外にはないのである。

 
<続く>

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