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私ではなくキリストⅢ(東洋からの風の便りII)

「私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。」(ローマ6:6)

二つの出来事、主が与え主がとりたもう(1)

最近、エクレシアには巨大な祝福がありました。
その内容は、またいずれお分かちしましょう。

ところで、最近、私の身の回りに起こった二つの事件について述べたいと思います。
一つは、私の盗まれたバイクはあれからどうなったかということについて…。

私のバイクはあちこち壊されて、大々的に修理が必要な状態となっていました。
さらに、バイクを引き取った交番では、このようなことを言われました。
「最近は修理費用も高くて、鍵一個を取り替えるだけで1万円くらいしたりするからねー、
修理した方がいいのか、買い換えた方がいいのか、考えた方がいいですよ」

そこで、私は主の御前にこの問題を提示しました。
主の御前に、私は何一つ所有はしません、と宣言した以上、
今となっては、バイクも、もはや、私の所有物ではあり得ません。

このバイクを関東まで運ぶのには、かなりの高い運賃がかかったことだけが
惜しまれるとはいえ、もしも主が今これを私からお取りになりたいならば、
私はそれに従わなければなりません。

しかし、その時、主が私に何を願っておられるのか、分かりませんでした。
これを所有し続けてよいのか、それとも、放棄すべきなのか。
そこで、財政状況に鑑み、修理費がある一定を越えるなら、
バイクはもはや私には必要ないと判断し、修理をあきらめて廃車とする、と決意したのです。

私は心の中で、逃げたい思いを隠しつつ、その祈りを祈りました。
「主よ、修理費がかれこれの金額を越えるなら、私は、
このバイクを私がこれ以上所有することをあなたが願っておられないと判断して、
この車を放棄します」

しかし、祈りながら、心の中で、思いました、
「修理費がそんな安い金額におさまることはないだろうから、
きっと私はこのバイクを手放さなければならなくなるのに違いない」
そして、長年連れ添った愛車との名残を惜しんでいました。

さて、バイク修理を見積もりをしてもらう店を決める際、
面白いことが一つありました。

夕闇が迫る中、破壊されたバイクを押して交番を出た時、
私にはどこへ向かうべきか案がありませんでした。
「主よ、私はこの町を知りません。どこにこの車を預けるべきか教えて下さい」と祈りました。

交番のすぐ目の前にバイク屋さんが一つあることは、来る時から分かっていました。
私のバイクはガソリンが抜き取られ、エンジンをかけることができません。
道幅も狭く、ひっきりなしに車が通る道路を、ずっと押して歩くのは危険です。
できるだけ近いバイク屋さんに預けた方が良いのは明らかでした。

しかし、「オートショップ」と書いた古びた看板のかかった、交番から最も近い
その店の前まで来た時、店のあまりの怪しさに、私はひるみました。
どう考えても、売り物とは思えないみすぼらしいバイクが、店の前にずらりと並べてあります。
入り口のまん前まで並べてあるので、店の扉(もちろん自動ではない)に近づくこともできません。

店の看板は、どこかしら薄汚れてぱっとせず、
ガラス越しに見える店内は、昭和時代のような蛍光灯で照らされているきり、
薄暗く、煤にまみれたようにそこら中真っ黒で、
うず高くつまれた工具のせいで、足の踏み場もないのが外から見て取れました。

一人のお兄さんの姿がガラスの向こうにありますが、彼はテレビに熱中しているのか、
外の様子に全く注意を払っていません。
オートショップ、と書いてあるこの店の、どこに売り物のバイクがあるのでしょう?
修理をする場所はあるのでしょうか?
そもそも、これは本当に店なのでしょうか?

私はその店を通り過ごしたい思いに駆られました。
そこで、バイクを押してさらに歩き続けました。

ところが、そこから15歩も行かないうちの出来事です。
荷物が邪魔なので、とりあえず、荷物をバイクの座席の下に入れようとした、その時です。
いつものように私は座席のシートをバタンと閉めてしまい、そのはずみで、鍵がかかってしまいました。

しまった!!
バイクの鍵も家の鍵も、全て荷物の中に入れたまま、
私は自分の荷物をバイクの中に閉じ込めてしまいました。

バイクの鍵は、壊れていますので、マイナスドライバーか何かがあれば
きっと簡単に開けられるのでしょうが、
工具の代わりになるものが何もありません。
その時、運よく、そばにある家から一人のおばさんが出てきました。
玄関の扉に鍵をかけようとしていたおばさんに、とっさに私は尋ねました、
「すみませんが、その鍵をかしてもらえませんか?」

他人の家の玄関の鍵を借りるという、思えば、あまりにも突飛なこの申し出を、
おばさんが不審に思わなかったことが幸いです。
事情を説明して鍵を借りましたが、
「えー?本当にこの鍵で開けられるの?」
と、おばさんはいぶかっていました。

果たせるかな、おばさんの家の鍵では、私のバイクの鍵は開けられませんでした。

そうなると、唯一の策はあの薄暗く埃まみれの「オートショップ」へ引き返すことだけ。
とにかく、何でもいいから、あのお兄さんに鍵だけでも開けてもらおう。
腹を決めて、そこへ向かいました。
そして出て来たお兄さんが意外に良心的な人に思われたので、
そこで修理の見積もりを出してもらおうと覚悟を決めました。

その際、私が長年放置していた前後のタイヤの取替えや、
ベルトやブレーキパッドの交換なども、
一緒に合わせてやってもらうとどうなるかという話になりました。
私は、心の中で、その修理金額は、きっと恐ろしく高くなるに違いないと考えて、
早くも失意落胆していました。

家に帰って、私はこのバイクを修理すべきか廃車にすべきかについて、主に直接、尋ねました。
そしてすでに述べたように、心の中でかなり低い修理費の限界を定めました。
その金額を越えるなら、5年間乗り続けた愛車とさよならすると覚悟を決めたのです。

これはきっと愛車とさよならせよという主の御心なのだろうと私は思って、
バイクが盗まれた時と同じように、再び、バイクをあきらめました。
しかし、この一連の出来事がどうやら主の采配だったのです。

後日、その「オートショップ」から電話がかかってきました。
そして告げられた金額は、私が祈りの中で、修理費の限界として想定していた金額より、
なんと一万円も低い金額でした。

どう考えても、通常のバイク屋さんでは、そのような金額で修理してくれるとは思えません。
その店が、良心的な提案をしてくれたことは明らかでした。
店を外見から判断してはならない、と、私は改めて知らされたことでした。

私は早速、兄弟にこの話を告げて、共に喜びました。
「きっと主がそのアクシデントを起こしてあなたをそのバイク屋さんへ導き、
その車の所有を許してくださったんだね」

盗まれたヘルメットとリアボックスも、ネットを通じて破格の値段で購入することができました。

これは主が私に取り去られた物品を再び与えて下さり、それを使うことを許して下さった事件でした。
せっかく与えられたのですから、今後は、必要最低限のメンテナンス費用をけちったり、
防犯対策を怠ることはすまいと決意したことでした。
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ハドソン・テイラーの信仰(3)

 ありがたいことに、さまざまな兄弟姉妹の紹介により、今、私はこれまで触れることのなかった信仰の古典的な良書へと導かれています。今は中古本市場においても、そのような本をほとんど見つけることができなくなっています。それは非常に残念なことです。健全な信仰を養うためには、健全な書物に目を通すことがどれほど大切でしょうか。しかし、私がそうであったように、情報化時代であるはずの便利な今の時代に、それらの良書に触れる機会はかえって、まことに少ないのです。深い真理に触れた霊的先人たちは、今日では、ほとんど忘れられ、彼らの信仰の功績は、ほとんど伝わっていません。そのために一般的なクリスチャンが置かれている信仰的・霊的枯渇状態は恐るべきものです。

 しかし、これらの良書をただ読んで、知識として蓄えただけでは何にもなりません。そこにあるのは、道徳的な啓発ではないため、その真理を私たちが実際に経験するのでなければ意味がないのです。先人たちの書物が徹底して私たちに教えている基本は、私たちが自己の魂から来る力を否み、ただ御霊にのみより頼んで生きることです。私たちは人生において幾多の失敗をします。主に従うと宣言しておきながら、それでも、自分の力で生活を動かそうとし、自分の魂の力でさまざまなものを握り締め、主の導きがあっても、手放そうとしません。あるいは、主の導きがないのに、自分の力で人生をコントロールしようとして、浅はかに行動します。しかし、そのような自力での試みが、次々と、失敗に終わることによって、私たちは、それが御霊の力ではなく、自分の魂から出た力であったことに気づかされるのです。

 どうか主よ、何が魂の力であり、何が御霊によらない力であるかを、私たちにはっきりと見せて下さい。常に自分で自分を守ろうと知恵をめぐらしながら生きている私たちをお赦しください。そして、そのような魂の力に、私たちがますます弱められ、死ぬことができますように、あなたからの光を送って下さい! 何が「自己」の力であるのかをもっともっとはっきりと見せて下さい!

 さて、ハドソン・テイラーの書物に戻りましょう。彼の自伝の中で、私が個人的に最も感銘を受けた箇所があります。それは、彼が中国伝道に旅立った後の波乱万丈の記述ではなく、海外伝道の準備をしていた頃の以下の場面なのです。彼は中国伝道の出発へ向けて、自らの信仰を強めなければならないと感じていました。そこで、経済問題に関して、ただ神に頼ることを実践し始めたのです。

 つまり、彼は自分の働きかけや、人の考えではなく、主ご自身が彼の経済を動かしておられることを信じたいと望みました。彼はある医師に雇われていましたが、そこで、給料に関して、ただ神だけにより頼む決意を固め、給料日であることを思い出させるために、雇い主を動かそうとする一切のアピールをやめたのです。今日、このように神を頼れる人々がどれほどいるでしょうか?

「私はひそかに考えた『中国へ行くについては、自分は何人にも何物をも求めまい、私の要求はただ神にむかつてする。されば出発前の今のうちから、ただ祈だけで神によつて人を動かすという経験をしておくことは如何に大切なことであろう』と。
 ハルに於ける私の親切な雇主は何時も非常に忙しい人であつたので、給料日になつたら私の方からもうし出るようにとの希望であつた。しかし私はそれを直接には言い出さずに、ただ神にむかつて祈ることにした。そうすれば神は主人にこのことを思い出させてくださるであろうし、私は答えられた祈によつて励ましを受けるであろうから。

 さてある毎四季給料日(年四回の支払勘定日―訳註)が近づいた時も、私は例の通りしきりに此のことに就いて祈つていた。とうとうその日になつた。私の親切な友からは別に何の話もない。私は祈りつづけた。何日か過ぎ去つた。しかし彼はやはり思い出さない。ついにある土曜日の夜、一週間の諸支払をすませたところ、銀貨半クラウン(二シル六ペンス)一箇を残すばかりであつた。しかし私はそれまで一度も不自由したことはなかつたのだし、ただ祈りつづけた。

 あくる日曜日はまことに幸いな日曜日であつた。いつもの通り私の心は祝福にみちあふれていた。午後は礼拝につらなり、午後と夜とは私のいつも行く貧民外のきちん宿で福音伝道の御用がなされた。こうした時はあたかも天国がもう地上に始まつたかのように思われ、願うところはなおそれ以上喜びに満たされん事ではなく、ただ今ある喜びにたえ得ん事だけであつた。

其夜十時頃に最後の集会が終わつた時、一人の見すぼらしい男が私に来て、彼の妻のところで祈つてもらいたいとの頼みであつた。聞けば彼女はひん死の状態にあるとのこと、私はさつそく承知した。そしてみちみち彼に、何故坊さんを迎えに行かなかつたかとたずねた。そのなまりから彼がアイルランド人であることがわかつたから。彼の言うには、迎えに人をやつたけれど、坊さんは十八ペンス出さねばだめだというし、いま一家がうえ死しそうな場合そんな金のありようはないのだと。

すると急に私の心に浮んで来たことは、いま自分が此の世で持つている金はわずかに半クラウンだけ、それも貨へいでただ一箇、もつとも夕食にはかゆが用意してあるし、あくる朝の食事もまずあるが、ひるまにはもう何もないということであつた。

 どうしたわけか私の内なる喜びの泉が急にとまつてしまつた。ところが私は自分を責めようとしないで、かえつてそのあわれな男をとがめだした。そしてこんなになるまでほつておくということはない、さつさと方面委員に願い出ればよかつたのにと言つた。彼の答によれば、彼もそうした、けれどあくる朝十一時にまた来いと言われたのだと、しかし妻の方は今夜にもどうかと思われるありさまなのである。

私は考えた、『ああ、もしも此の金が半クラウン(銀貨一枚)でなくて、二シル六ペンス(の小銭)であつたなら、私はどんなに喜んでそのうち一シルだけ此の気の毒な人たちに与えるであろうに?』と。しかし半クラウン全部をやつてしまうなぞとは思いもよらぬことであつた。事の真相は次のような簡単なものであつた。すなわち私は神プラス一シル六ペンスには頼ることは出来るが、ポケツトに一文もなくて、ただ彼だけに頼る心がまえが未だできていないということである。しかし私はそうとは夢にも気づかなかつた。

 男は私をとある小路へ連れて入つた。私は多少の不安を感じながら後に従つた。私は前に其処に来たことがある。じつは先ごろ尋ねた時はずいぶんひどい目に会つている。私のトラクトは引裂かれた。そしてもう二度と此処へ来たらただではおかぬぞとおどしつけられている。私はすくなからず心配になつた。しかしそれは義務の道であつた。私はついて行つた。ひどい階段をのぼつて一つのみじめな部屋に導き入れられた。

なんという光景であつたろう! 四、五人のあわれな子供たちが立つている。その落ちこけた頬とこめかみには、まぎれもなく彼等が次第に飢えつつある事を語つている。そして無惨なぼろ布団の上には、あわれにも衰え切つた母親が、生後一日半の赤ン坊を抱いて寝ている。赤ん坊は母親のそばで泣くというよりうめいていた。その子もまた弱りはてて死にかかつていたから。『ああ、もし半クラウンでなく二シル六ペンス持つていたなら、喜んで一シル六ペンス与えるんだが!』と私は考えた。しかしなお悪しき不信は、私の持つている全部を投げうつても彼等の不幸を救わうとする衝動に従う事をさまたげた。

 此のあわれな人達を慰めようにも、私には多くを語る力のなかつた事にべつだんの不思議はないであろう。私自身慰められる必要があつたのだ。それでも私は語り始めた 『まことにお気の毒な事です、でも決して絶望してはいけません。天に恩恵深い愛なる父がい給います』と。然し私の心の中で何ものかが言つた 『なんじ偽善者よ! これ等の未信者に天にいます恩恵深き愛なる父について語りながら、自ら半クラウン無しでは神を信頼しようともしない!』 

私は息がつまらんばかりであつた。もしも一フロリン銀貨(二シリング)と六ペンス持つていさえしたなら、私はどんなに喜んで良心と妥協したことであろうに。 私は感謝をもつてそのフロリン銀貨を与え、残りを自分にとつておいたであろうに、しかも私はまだ六ペンス無しで、ただ神だけに頼る心の用意ができていなかつたのである。

 このような心の状態では、物を言うことは不可能である。しかし奇妙なことに、私は祈ることなら困難であるまいと考えたのである。当時祈は私にとつて喜ばしい仕事であつた。祈のうちに過した幾時間は決してたいくつを感じなかつた。また祈る言葉にこまるようなことはほとんど無かつた。此の時も私のなすべきことは、ひざまづいて熱心に祈ることだと考えたらしい、そうすれば救は彼らにも私自身にも一しよに来るであろうと。

『あなたは私に、来て奥さんのために祈つてもらいたいと言われましたね、では祈りましよう』と私はその男に言つた。そしてひざまずいた、しかし私が口を開いて『天にいます我らの父よ』と言うやいなや、内なる良心は言つた 『お前は神をばかにするつもりか? お前はポケツトの中の半クラウンを持つたまま、ひざまずいて彼を父と呼ぶつもりか?』と。後にも先にも経験したことのない苦闘の一ときが私をおそつた。私はその祈のようなものをどう切り抜けたかもわからない。また口にした言葉のつぢつまが合つていたかどうかも知らない、ただ私は非常な失望のうちに起ち上がった。

 その気の毒な父は私にむかつて言つた 『あなたは私共が実際どんな恐ろしい状態にあるかおわかりです。もしも助けてくださることが出来ますなら、どうか神のためにお助け下さい!』ちようどその時 『なんじに乞う者に与えよ』との一言が私の心にひらめいた、主の言葉には権威がある。私は手をポケツトにつつこみ、そろそろと例の半クラウンを引出してその男に与えた、そして言つた 『私の比較的よい暮し向きからすれば、こんなこと大したことではないかも知れません。でもそのお金をあげてしまえば私にはもう何もないのです、しかし私が今まであなたにお話ししたことは決して間違ではありません。神はまことに父であり、信頼され得るお方です』と。

喜びは全部洪水のように私の心にもどつてきた。その時私はもうなんでも言えるようになつたしまたそうと感ずることが出来た。祝福のじやまものは取去られた――私は信ずる、永久に取去られたと。

 かの哀れな婦人の生命ばかりではない、私の生命も救われたのだ、ということがわかつた。もしもあの時恩恵が勝利を得給わなかつたならば、また御霊の切なる求めに従順がささげられなかつたならば、私は難破したかもしれない――すなわち基督者の生涯としてはおそらく難破したであろう。私はよく記憶している、其の夜下宿へもどる時の私の心は、私のポケツトのように軽くあつたことを。

さびしい人通りの絶えた街路は、おさえ切れぬ私の賛美の声で響きわたつた。寝床のそばにひざまずいた時、私は主に彼自身の御言葉 『貧しき者に与うるは主に貸すなり』を思い出していただき、なお『私の貸金が長期のものでありませんように、明日の昼ごはんをいただけなくと困りますから』とお願いした。心の内も外も平安に包まれて、私は楽しいいこいの一夜を過した

 翌日の朝食にはかゆがまだあつた、そしてそれをまだ食べおわらぬうちに、郵便配達の戸口をたたく音が聞えた。私は日曜日に手紙を受取ることはめつたになかつた。両親や多くの友達は、土曜日に手紙を出すことをさしひかえたから。それで宿の主婦がぬれ手を前かけでおおいながら手紙か小包のようなものを持つて入つて来たときは多少驚いた。私はその手紙をよく見た。しかし誰の字か見別けがつかなかつた。それは知らぬ人か、仮名を使つた人の筆で、消印もはつきりせず、何処から来たものかわからなかつた。封筒を開いて見ると中には手紙は何もなく、ただ一枚の白紙に皮の手袋が一そく包みこまれてあつた。驚きながらそれを開いた時、半ポンド金貨が下に落ちた。

『主を讃めたたえよ』 私は叫んだ『十二時間の投資に対して四十割!これは大した利息だ! こんな利率で金を貸せたら、ハルの商人はどんなに狂喜するだろうに!』 
私はその場で決心した、破産することなき此の銀行へ、私の貯蓄又は所得を時に応じて預入れようと――それ以来私はいまだかつて此の決心を後悔したことはない。」(ハドソン・テイラー著、『回想』、p.34-41)


 このような体験は私にもまざまざと覚えがあります。それはまだわずか数ヶ月前のこと、主の導きに従って、エクレシアのために旅立つと決めた時、家探しに出かけようとした私の懐には、たった一泊の宿泊費さえもありませんでした。異郷の地で、家探しのために、許されたのは一日だけ。それが当時の私の財産でできる全てでした。しかし、私は誰にも自分の貧しさを知らせて、助けを乞うことを願いませんでした。主は私の全ての必要をご存知であると知っていたからです。ですから、出発前、わずかなお金を私は主に捧げて、祈りました、「私が今持っているものはこれだけです。このありったけをあなたに捧げます。それでも、あなたは旅立つようにと私を促しておられます。ですから、私に与えられた一日で、必要な家を探し当てることができますように助けて下さい。またその後の経済的必要性の一切を、あなたが整えて下さることを信じます。」

 そしてどうでしょう、その祈りは無駄にはならなかったのです。私は神の恵みと憐れみによって、今、誰の助けを乞う必要もない平凡で穏やかな生活を送っています。それは、あの時、私が懐にあったわずかな金額だけで、神を信頼して旅立ったことの結果です。そのお金は、消えてしまったのではなく、天に投資され、むしろ考えられないほどに祝福されて、主から私へと返されたのです。ですから、私は今、はっきりと言えます、主に従うために、私たちが投資したものは、何一つ無駄になることはないと! 時には、手持ちの最後のお金を投げうつように、自分の持っているありったけのものを主に差し出すことが、私たちに求められる時があります、しかし、信仰を持って、勇気を持って、従いましょう、それによって、私たちが貧しくなったり、人に依存するようになることは決してありません! それどころか、主は考えられない祝福をもってあなたに報いて下さり、その憐れみの深さを、その恵みの豊かさを思い知らせて下さるのです! 主に従って自分を投げ出したことで、後悔させられることは決してありません!

(注意: ただし、これをカルト団体でよく信徒に強要されている極端に圧迫的な奉仕や、法外な献金の呼びかけなどと混同してはいけません。そのような場所では、神の御心ではなく、ただ人による誤った考えが強要されているだけですので、たとえ指示に従ってひたすら自己を犠牲にしても、神に喜んでいただくことはできませんし、主から報いを受けることもありません。一つ一つの奉仕が、本当に御霊によって示されたものなのか、それとも、人の誤った考えから生まれたものに過ぎないのか、信徒は神との交わりの中で、納得できるまで、幾度でも、個人的に確かめる必要があります。妄信的に人の指示に従ってはいけませんし、神からの導きを待たずして、性急に自分の判断で危険な行動をすることは無意味です。

 しかしながら、本当に主からの導きに従って、己を捨てる場合であれば、私たちの投資は、地上でのリスクが伴えば伴うほど、ますます豊かに報いられるのです。天の取引所で行う取引は、地上のどんな取引よりもはるかに有利で報いが大きいのです。神は今日、私たちに、さまざまな形で、自分で握り締めていたものを手放すように求めておられます。それは個人によってさまざまに異なるでしょう。たとえば、ある人にとってはそれはお金かも知れませんが、ある人にとっては物や、時間、愛する人、などかも知れません。しかし、主は今日、己の魂の命を憎んで十字架を負う人を求めておられます。天でのその報いは大きいのです。このようにして、今の時代にあって、神の無尽蔵の富と無限の憐れみを味わうことができる人たちが一人でも多く現われますようにと願わずにいられません!)



ハドソン・テイラーの信仰(2)

 以下の記事に書いたように、私たちは誰もがハドソン・テイラーのように海外宣教に旅立つ使命を与えられているわけではなく、一人ひとりのクリスチャンに対して、神の召しは異なっています。誰もが一様の生き方をすべきだと考えることは間違いです。しかし、それでも、生涯を神に捧げる決意を固めた人々は、テイラーが実践したのと同じく、ある決まった重大原則に忠実に従うべきなのです。

 それは、神が召し出した人々には、神が全ての必要を整えてくださると心から信じきり、あらゆる必要性に関して、ただ神にのみより頼むことです。

「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。」(マタイ6:33-34)

 私たちが見習うべきは、一大財産を築き上げ、一生食べるに困らないほどの穀物を地上の蔵に貯え、これで人生は安泰だと思った金持ちではありません。私たちはこの世では明日も分からない寄留者であり、貧しいこと、乏しいこともあるかも知れませんが、私たちの望みはただ天にのみ置かれているのです。御国の働き人に対して、天の貯蔵庫は決して空になることはないのです。そのことをただ私たちが信じるかどうかが問題です。もし信じられなければ、私たちの働きも私たちの信仰に見合った矮小なものにとどまってしまうでしょう。

 さて、ハドソン・テイラーの伝記に戻ります。先にあげた引用箇所より、時は少し遡りますが、彼がどのようにして献身の決意を固めたか、どのようにして中国伝道のために召されていることが分かったか、またその召しに対してどう応えたかを示すエピソードを挙げます。

「回心後幾月と経たぬ或日の午後、私は暇を得て自分の室に退き、そこでもつぱら神との交わりに時を過した。その時のことを私はよく記憶している。いかに喜悦の心あふれて霊魂を聖前に注ぎ出したことであろう。私は私のために救を成し就げ給うた彼――私がすべての希望と救の願いをすらすててしまつた時もなお私を救いたもうた彼――に対し、感謝溢るる私の愛をいくたびもいくたびも言いあらわした。

そして私の愛と感謝のはけ口として、何か彼のための仕事、たといそれは何であつても、どんなつらい、どんなつまらない仕事であつてもよい、何か自己否定的な仕事、何か彼を喜ばし奉る仕事、かくまで私のためにつくしたもうた彼のために、私にも出来る何かの仕事を与え給えと祈り求めた。

私はよく記憶している、私が無条件の献身をもつて、私自身を、私の生命を、私の友人を、私の全てを祭壇上に捧げた時、深い深い厳粛感が私をおおつて私の献身は受け入れられた、という確信が上から臨んだことを、私は記憶している。ありありとした神の臨在感と、言いあらわせぬその祝福。私はまだ十六にならぬ少年であつたが、神の聖前のいうに言われぬ荘厳と、いうに言われぬ喜悦とで、ただ音もなく地にひれふしていたことを。

 どういう御用のために受けいれられたのか、私にはわからなかつた。ただ『自分はもはや自分のものではない』という一つの深い意識が私を占領した。そしてその後この意識の消え去つたことはない。それはまことに実際的な働をする意識であつた。

二、三年の後私は私の友であり、また師である或医者から、彼の所に年季奉公をするという条件で大変有利な申し出を受けた。然し私は何かそうした身をしばられる約束を受けいれてはならないと感じた。何故ならば、私はもはや私自身のものではない、自分で自分を自由にすることは出来ない、私は彼だけのものである、そしていつ如何にして御用に召されるかもわからぬ私は、常に彼の聖旨のままに従い得るよう、自由な身になつていなければならぬ、と感じたからである。

 この献身聖別の数ヶ月の間に、主が私が必要としたもうのは、中国においてであることがだんだん示されてきた。当時中国はまだ今のように国を開いていなかつた。さればかくして召された私の仕事は、ほとんど生命がけのものであろう事がぢゆうぶん予想された。中国に働き人を持つている伝道会はまだわずかであつた。中国伝道に関する本で私の手に入れ得るものは少なかつた。

しかし町の組合派の一牧師が、メドハーストの『中国』を持つていると聞いたので、私はその借覧を頼みに彼を訪問した。彼は快く私の願いを聞いてくれた。そして何故その本を読みたがるのかとたずねた。私は神が私を召して中国伝道に生涯を献げしめ給うたことを告げた。

『では如何にして中国へ渡るつもりか?』と彼はたずねる。

私は答えた『私は十二使徒や七十人の弟子達がユダヤでやつたように――財布も袋も持たず――私を召し給うた彼がすべての必要を満し給うと信じて行くべきであると思う』と。

彼はやさしくその手を私の肩において言つた『ああ、君ももう少し年をとれば賢くなるだろう。そんな考はキリスト御在世当時ならとにかく、今の時世では通用しないよ』と。

 私はそれ以来、年もとつたが賢くもならない。私は、もしも私どもが主の命令と、彼がその最初の弟子達に与え給うた約束とを、もつと無条件に受け入れて己が導きとするならば、あの当時と同様、今日にもなお全くあてはまるものである事を、更に一層確信しているのである。」(ハドソン・テイラー著、『回想』、p.23-26)


 クリスチャンの召しの内容や、働き方、それは確かに時代に応じて変わるでしょう。たとえば、今日、中国伝道の意義は、テイラー存命当初のものとは大きく変わっています。けれども、真に重要なのはそんなことではありません。私たちの召しの内容がどんなものであれ、神の国の永遠の原則は、キリストが地上に来られた時から、今に至るまで、何も変わっていないのです。もしも神があなたを本当に何らかの働きのために召されたならば、あなたの全ての必要性を整えるのは神の仕事なのです。神があなたの雇い主なのであり、神があなたの生活を保障して下さる方なのです。

 キリストが地上に来られた時からその原則は不変です。私たちは今日でも、イエスに遣わされるならば、自分の財布を空っぽにして(=神がこの召しを完遂するための全ての必要を整えて下さることを信じ、己や人の力を頼みとせず)出かけていくべきであり、そうしてこそ、天の貯蔵庫は無限であることを味わう幸いを保障されているのです。自分の資金で神の働きを成し遂げられる人は一人もいません。十代の青年であったテイラーは、その若い当時に、ただ神にのみより頼んで召しに従うことを決意し、生涯、その考えを変えることはありませんでした。それは、彼が頼みとした神は、彼を一度も裏切らなかったからです。私たちが今日、彼が信じたのと同様に、イエスの言われたことを無条件に信じるならば、私たちは予想だにしない祝福を受け取ることでしょう。私たちの側の信仰が問われているのです。

 神が始められた仕事は、必ず、神が責任を取って下さいます。そして私たちは地上に宝を貯えるための働き人でなく、天に宝を貯えるための働き人なのです。私たちが地上の事柄にではなく、天の事柄に思いを馳せ、自己の力でもなく、地上の権勢でもなく、ただ天に無尽蔵の富を持っておられる唯一の方により頼んで進んで行くことが、祝福が降り注ぎ、働きが豊かな収穫の実を結ぶ秘訣となるでしょう。

「異邦人の道に行くな。またサマリヤ人の町に入るな。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところに行け。行って、『天国が近づいた』と宣べ伝えよ。病人をいやし、死人をよみがえらせ、らい病人をきよめ、悪霊を追い出せ。ただで受けたのだから、ただで与えるがよい。財布の中に金、銀または銭を入れて行くな。旅行のための袋も、二枚の下着も、くつも、つえも持って行くな。働き人がその食物を得るのは当然である。」(マタイ10:5-10)

「あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。あなたの宝のある所には、心もあるからである。」(マタイ6:19-21)


ハドソン・テイラーの信仰

このところずっと書きたいと願っていた内容があります。今後の生活をいかに支えるべきかという問題について考えるにつけ、ハドソン・テイラーの伝記から学ばされることは多いのです。誰でも、生活の問題に直面するでしょうが、そのような時、私たちがいかにそれを解決すべきか、テイラーから学ぶことができます。

テイラーは全てにおいて、神に頼りました。特に、彼は中国伝道の召しが与えられてからずっと、経済問題について完全に神に頼ることを学んだのです。神が召しを与えられたのだから、それを全うするための手段も、神が与えてくださるはずだと、彼は信じ続けました。テイラーの自伝的回想を読みますと、彼がいかに神に信頼して、日々を生きていったかがよく分かります。度々、思いがけない困難が起こります。彼は窮乏します。しかし、彼の信仰が間違っていなかったことの証拠として、神は彼の願いに誠実に応えられました。信仰に基づくそのような生活は時に、か細い一本の糸の上で綱渡りするように、恐れと不安と背中合わせになりました。それでも、彼は不信仰と闘いながら、信仰を選び続けました。

テイラーの伝記から学んだ最初のことは、私たちは神のために生涯を捧げる決意を固めた時から、自分の所有物を対処することを学ばなければならないということです。ウォッチマン・ニーの著書からも、このことについては述べました。勝手気ままに暮らしていた頃には、私たちは沢山の所有物を溜め込み、そのことに疑問もありませんでした。その頃、私たちが神の御用に用いるために用意しているものは何一つもありませんでした。しかも、それに加えて、もっと多くを所有できないだろうかと、それだけを願いながら暮らしていたのです。

しかし、自分の生涯を主に捧げるということが起こると、主は少しずつ私たちの所有物に対しても、働きかけます。私たちの持ち物は天幕に置かれたのであって、そこには自分の所有だと言えるものは何もないことを主は示されます。そして生活のあらゆる点で、神に目を向け、不要なものを捨てる、または捧げるように促すのです。「まず神の国とその義とを第一に求めなさい。その他は全て添えて与えられます」ということを、万事につけて思い起こさせるのです。そして、たとえ私たちが貧しくとも、富んでいても、どんな状態にあっても、御心に信頼して安らげるよう、私たちの内面の状態を変えていかれます。

一つ注意しておきましょう。前にも書いたように、テイラーの生きていた時代は、現在とは少し事情が違います。テイラーの時代、キリスト教界において、今日ほどの背教がはびこっていなかったため、キリスト教的団体を通じて働くことは、彼にとってつまずきとはなりませんでした。しかし、残念ながら、今現在、多くの教会では、正統な教義がゆがめられ、献金(十分の一献金等)、礼拝、日曜学校、慈善活動、布教活動のほとんどは、人に見せるため、また特定の組織の勢力を拡大するために行われています。それらは、信徒に重い賦役のように課され、人々のつまずきの源となっています。どれほど多くの献身者が、まるで神に仕えるように牧師に仕え、神を差し置いて、人の栄誉を高めることに貢献しているでしょう。信徒も同じです。そのような場所では、信徒間に競争があり、人々が先を争って、活動すればするほど、ますます神の御心から遠ざかっていくのです。このような状態が、決して、御心にかなうものでないことは一目瞭然です。

そこで、私は、テイラーが実践したことを全ての人が形式的に真似をすることによって、誰もが献身生活を送れるなどと言うつもりはありません。一人ひとりに対して、神の召しは異なっているのです。私たちは人真似をすることによって神に仕えることはできません、自分に与えられた個人的な召しについて知らなければなりません。ですから、神の御心を仰がず、自分の思いで外国伝道に志願したり、耐貧生活に適応すべく、わざと極端に貧しい生活を送ってみたり、体を鍛えるために戸外で一生懸命運動したり、汗水流してトラクトを配ったり、日曜学校の教師になったり、十分の一献金を行ったり、あらゆる教会活動に熱心に参加し…、そういった人間による活動が献身生活の本質であるかのように誤解してはなりませんし、ある一定の形式さえ守っておけば、神の御心を喜ばせることができるなどといった、短絡的なものの見方は避けるべきです。

人に見せるための善行は、決して、神へのささげ物とはなりません。人の真似をすることも、神を喜ばせることにはつながりません。また、誰かの指示に妄信的に従った結果として(いわゆる)「献身生活」を送ることは、自主性を放棄することであって、これもまた御心にかなう行いではありません。神の御用のために収入を捧げるとは、決して、何も考えずにただ教会の献金袋に毎月一定の金額を投げ込むことを意味するのではありません。私たちは、何らかの外面的な形式を模倣することによって、献身を成し遂げられるわけではないことを覚えておかなければなりません。

しかし、そのような問題は別として、ハドソン・テイラーが実行した大まかな原則、すなわち、私たちが神と出会ったならば、まず自分の生涯を何らかの形で神に捧げたいと熱心に願うようになること(これは自然に起こります)、すると次に、自分の所有物を対処することを学ばされること、つまり、自分の時間を有効活用して、神に捧げなければならないと気づかされ(これも自然に起こります)、自分の持ち物をも、自分で握りしめていてはならず、神に捧げなければならないと気づかされること、収入の一定の部分は神の御用のために喜んで用いるべきであること、経済的困難にある時にも、常に神に祈り求めることを学ぶこと(これらは全て自然にそのように促される時がやって来ます)、そういった原則が、神に仕える人たちが、今日も、怠ることなく実行していくべき根本原則であるということは、変わっていません。神に絶対的に献身する決意を固めたならば、何よりも、私たちは、自分の所有物を自分で所有しようとすることをやめ、全ての必要をただ神に委ねるよう促される時がやって来ます。そして私たちは、不満を押し隠し、喘ぎ喘ぎ、歯を食いしばりながらそうするのではなく、喜びと平安を持って、それらを実行していくことができるのです。そうする時に、私たちの働きが真に実を結ぶようになり、豊かな祝福が私たち自身に降り注ぐのです。

このような生活は、誰か偉い人にそうせよと命じられて行う類のものではなく、私たちが神との交わりの中で、自然に気づかされ、促されて、無理なく、自主的に起こることです。以下は、テイラーの伝記からの引用です。

「私の愛する両親は、私の外国伝道志願に奨励も反対もしなかつた。ただ彼らがはつきり私に言つてくれた事は、私が最善の努力をもつて身と魂と精神とを一層強めること、また祈り深く神を待望み、もしも私がまちがつていたとわかつたならば、すなおに彼の導きに従い、又もしも時至つて神が外国伝道への道を開き給うたとあらば、ためらうことなく前進するように、という事であつた。此の勧めがいかに大切なものであつたか、私は其後しばしば知る機会を得た。

私は健康増進のためつとめて戸外で運動するようにした。またもつと困苦欠乏の生活に耐え得るよう鍛錬のつもりで、羽根布団を取去ったり、其ほか家庭的慰楽も出来るだけ省くように努めたりした。私はまた基督教的仕事で、私に出来ることは何でもするようにした。たとえばトラクトの配布、日曜学校の教授、病者貧民の訪問等その機会が与えられる毎に何でもやつた。

 家庭でしばらく準備の時を過ごした後、私は医学と外科とを修業するためにハル市へ行き、其処で或医師の助手になつた。此の人はハル医学校に関係があり、また多くの工場の外科医であつたので、診察室にたくさんの怪我人が来る。それで私は外科の小手術を見たり、実習したりする機会を多く与えられた。

 さて此処で書きもらすことの出来ない事が一つあつた。まだ家にいる頃、私はすべて人はその収入の最初の果と持物の適当な部分とを、主の御用のために別に取置くべきではないか、という問題を考えるようになつた。そしてまだ家を去らぬ今の内に、すなわち周囲の必要や思いわずらいなどのために、その結論がゆがめられるような境遇に入らぬ前に、此の問題を手もとの聖書について十分研究しておいたほうがよいと考えた。このようにして私は、得た金、手に入つた金は、どんな金でも、そのすくなくとも十分の一を主の御用のため別にするという決心をするにいたつた。

私がハルの医術見習生として今いつたころ受けていた給料では、このことを容易に実行することが出来たであろう。しかし親切な友であり雇主でもある医師の家庭のつごうから、私は別なところへ引越さねばならなくなつた。幸いある親戚のところに居心地の良い場所が得られたし、また私の仕事に対する一定の報酬以外に、下宿料としての必要額も与えられることになつた。

 しかしここで私の心に一つの疑問が起つた『この金額もやはり十分の一だけささげるべきではなかろうか?』と。それはたしかに私の収入の一部分である、もしも政府の所得税の場合であつたなら、それは確かに除外されないだろうと考えられた。しかしもしも全部の十分の一が引かれるとすれば、私は他の使い途にどうしても不足するのである。どうしたらよいか、私はしばらくの間非常に当わくした。

十分考えまた祈つた結果、私はいま宿つている居心地の良い場所と幸福な環境とを去つて、郊外の小さな下宿に間借――そこは居間も寝室も一つで、食事は自炊――することにした。このようにして自分の全収入の十分の一を、困難なく献げることが出来るようになつった。此の変化はかなり身にこたえた、しかしそれには少なからぬ祝福がともなつた。

 孤独の間、今までより一層多くの時間が神の言の研究と、貧民訪問と、夏の夜の伝道にささげられた。こうして失意のうちにある多くの人達と接するようになつた私は、やがて一層節約する特権を知るようになり、また私が最初考えていた程度より、更に一層多い割合を与えることも困難でないことがわかつて来た。

 ちょうど此の頃一人の友人は、主イエス・キリストの再臨とその千年王国との問題に私の注意を向けさせ、註も解釈もせず、ただ此の問題に関する聖書の章節の一覧表だけを私に与えて、よく研究するようにすすめてくれた。私は一しようけんめい聖書につき此の問題を研究した。その結果地上を去り給うたイエスが、再び復活の体をもつて来り給うという事、彼の足は橄欖(オリーブ)の山上に立ち、まだ彼の生まれ出でぬ先から約束されてあつた父ダビデの王位につき、此の世を支配し給うであろうという事がわかつた。

私は更に、主の再臨は新約全体を通じ、その民の一大希望になつている事、そして常に清潔と奉仕とに対する最も強力な動機であり、また試練と苦難との中にある者の最大の慰めであることがわかつた。私はまた知つた、彼が再びその民のもとに来り給う時期は明示されていないこと、そして毎日毎時主を待望む者らしく生活することが彼の民の特権であること、さればかかる生活にとつては、彼が何時来るとか来ないとかいうことは決して大事ではなく、たとい何時来り給うとも、悲しみならぬ喜びをもつて善き支配人の報告をすることが出来るよう、不断に待望むことこそ最も重要であると。

 この幸いな希望には全く実際的な効果があつた。その後私は自分の小さな文庫内をよく気をつけてみるようになつた。そしてそこにもしも不要な、又もう役にたたぬ本なぞありはしないか? また私の小さな衣裳だんすの中を調べては、今主が来り給うたとして、此の中に何か説明に困るようなものがありはしないか? よくたしかめるようになつた。その結果私の文庫は或貧しい隣人の幸福のため、また私自身の魂の更に大きな利益のため非常に減つた。

 一生を通じ機会あるごとに、時々そうすることは私にとつてたいへん有益であつた。私はこんな考を抱いて、家中を地下室から屋根裏まで歩きまわつた結果、霊的喜悦と祝福との非常な増加を受けなかつたことは一度もない。私どもにはみな貯蔵の危険があるようである。それは一つには無思慮から、一つには仕事の必要に迫られてであろう。とにかく他の人にこそ有用であれ、今の自分には少しの必要もない物を貯えこむ、そして知らず知らず祝福を失うことになる。

もしも神の教会の全財産がもつとよく利用されたならば、更にどれほど多くの事業が成し遂げられることであろう。如何に多くの貧しき人が食を与えられ、はだかなる者が着せられ、まだ福音の伝えられていない人たちにまで福音が行きわたることであろう。私どもはこうしたことを不断の心がけとし、また事情の許すかぎり常に実行すべき有益な生活態度として、たがいに勧めあうべきではなかろうか?」
(ハドソン・テイラー著、『回想』、岡藤丑彦訳、三一書房、1957年、p.26-31)


神のために生きる

「わたしたちは認識する必要がありますが、神に自分自身をささげる力は神の現われを通して生じます。それは神の啓示から来ます。献身について語る人が必ずしも自分をささげているわけではありません。献身を宣べ伝える者、あるいは献身の教理を理解している者が必ずしも献身している人ではありません。神を見た人だけが献身した人なのです。

神はアブラハムに現れました。すると直ちにアブラハムは神に祭壇を築きました。主イエスがダマスコの途上でパウロに出会われると、パウロは直ちに尋ねました、『主よ、わたしは何をすべきでしょうか?』(使途二二・十)。

わたしたちの霊的生活の転換点は、神のために何かをしようと決心することから来るのではありません。それは神のためにあれこれ行う決心をした結果から来るのではなく、わたしたちが神に出会う時に来るのです。

わたしたちが神に出会う時、わたしたちの生活の中に根本的な変化が起こります。わたしたちはもはや過去に行ったことを行うことができません。わたしたちは神ご自身に出会う時に自分自身を否む力を持ちます。神に出会う時に自己を否まないわけにはいかなくなります。神の現われは、自分ではやっていけなくさせ、もはや自分自身によって生きられないようにするのです。

神の現われは無尽蔵の力をもたらします。そのような現われはあなたの一生の行程を変えてしまいます。クリスチャンが神のために生きる力は、神のビジョンに基づいているのです! 主に仕えることはわたしたちの決定ではありません。わたしたちを神に仕えさせてくださるのは主なのです。祭壇を築くのはわたしたちの意志ではありません。祭壇を築くのは神が人に来られる時なのです。

 主に感謝します。神は現れる時に何かを語る必要がありません。しかし、多くの時、神は現れる時に何か言葉があります。神はアブラハムに現れた時に言われました、『わたしはあなたの子孫に、この地を与える』(創十五・十八)。神の現われはわたしたちを一つの新しい嗣業の中へともたらします。聖霊はわたしたちが将来、完全に獲得する嗣業の一部分として与えられているのです。今日、わたしたちが聖霊の中で受けているものは、将来、完全にわたしたちのものとなるでしょう。神のご計画が成就される時、わたしたちは完全な嗣業の中に入ります。」(ウォッチマン・ニー著、『祭壇と天幕の生活』、p.5-6)


 ニー兄弟が書いているように、献身とは、決して、今日、一般的に考えられているように、クリスチャンが自ら望んで、自力で自分を神に捧げる行為のことを指すのではない。献身は、神の現われに応じて自然に起こるものである。
 神がある日、私たち自身にはっきりと分かる形で、私たちの人生を訪れられる。そのようにして、私たちが自分に死なされる日は、常に向こうからやって来る。神の現われは、私たちを自然と内面的に倒れさせてしまう。ちょうど、ダマスコ途上で強烈な光によって倒されたパウロのように、私たちは、神の現われを見せられる時、自分が罪ある者として死んだように無力にされたことを感じる。

 その死を経て、起き上がった時には、私たちは復活のイエスの新しい命によって生かされており、自分の人生が根本的に変えられてしまったことが分かる。なぜなら、私たちはもはや、かつてのようにエネルギッシュに自分の願いや欲望の達成を目指して生きることができなくなってしまうからだ。あれほど活発であった自己は無力化されて、自己実現、自己満足、そういった類の、己を満たすための活動や、願いが、全て味気なく、魅力を失ってしまう。そういう事柄を思い浮かべるだけでも、むなしく感じられるほどである。

 そしてその代わりに、ただ神のために生きたいという、消えない願いが心に芽生える。主よ、どうかあなたご自身に、私を仕えさせて下さい。あなたと共に生涯を過ごさせて下さい! あなたのために、私はこの地上で何をすれば良いのか、教えて下さい。私の計画などもう要りません! あなたが教えて下さるのでなければ、あなたが許して下さるのでなければ、何事もいたしません。あなたからの答えがあるまで、私は一歩も動きません! 御心を示して下さい、あなたのためならば、私は命を失っても構わないのです! そういう祈りが自然に出て来る。それが、私たちに新しい嗣業が与えられたことの証である。

 新しい嗣業とは何か。アブラハムは目に見える約束の地での祝福を受けたが、今の時代において、私たちが受けるのは、「見えない約束の地」である「神の国」をキリストの御霊によって建設し、やがてキリストとともに支配し、天に朽ちない宝を積むという、はてしなく栄誉ある永遠へと続く仕事である。この約束の中で、最も輝かしい希望は、復活の体を持って再び来られるキリストである。この嗣業を受けた時から、私たちはその達成のために生きるようになる。

 だが、具体的には、一体、私たちが神の国にどのようにして貢献するのだろうか。もちろん、主が与えて下さるのでなければ、私たちは自分から何一つとして活動できないが、御国のための種まきの仕事は、時代によって、少しずつ、その形態と内容が異なるのではないだろうか、と私は思う。今日、そのような重要な話を、私はあるキリスト者とともにしていた。

 今日、一般的に、献身や召命の本質は、依然として、主に、活動内容にあると誤解されているが、実際にはそうではない。多くの人たちが、神に仕えるとは、何か特別な、見える働きをすること、特別な栄えある働きに従事することであると考え、それに参加しようと、積極的に志願している。あらゆる教団教派が、数え切れないくらいの国に、海外宣教師を競うように派遣している。どこの国に行っても、何らかのキリスト教的慈善団体が活動している。しかし、そんな事情のためにこそ、今日ほど、神の召しの本質がゆがめられている時代もないと言えるだろうと思う。

 たとえば、19世紀に献身し、中国伝道に生涯を捧げた英国人、ハドソン・テイラーがいる。彼はある時、神に出会い、そして、中国伝道への召しを与えられた。中国との国交もままならぬ時代、船での渡航、宣教は命の危険を伴うものであった。この時代には、多くの犠牲を払って、彼が中国へ到達することが本当に必要であった。彼はこの召しが心に与えられた時から、自分の生活が、宣教に耐えうるものであるように、訓練を開始した…。

 だが、現在、海外宣教をとりまく状況は、テイラーの当時とはあまりに異なっている。「ユビキタス・ネットワーク」がますます整備され、コミュニケーションの手段がますます時空間に制限されなくなった今の時代、海外宣教でなくとも、福音を宣べ伝えることそのものの意味も変わってしまっている。

 テイラーの当時は、宣教師が目的地へ行って、どれだけその地を実際に歩き回り、どれだけ多くの人々に聖書やトラクトを直接、手渡し、どれほど大勢の人々に向かって、直接、福音を語り聞かせることができるかが、宣教の決め手であった。それは常に命懸けの仕事であり、意義のある仕事であった。
 しかし、今は、便利なツールを通じて、24時間、あらゆる説教が世界中に配信されており、文明から置き去りにされたような非常に貧しい地域などの例外を除いて、ある意味、福音はすでに全世界に宣べ伝えられつつあると言える。さらに、大規模集会、クルセード、リバイバル集会、聖会といったものが各地で開かれ、海外宣教には、多くの惑わしも入り込んでいる。

 このようにして、福音に対する世界的なニーズの変化、聖書的に見た時代の変化、(さらに言うならば、背教の広がりのために起こった伝道の変質という事情)に伴い、今日、私たちが神の国のために種蒔く仕事が、100年以上も前の時代とは、いささか異なる内容になっていたとしても、不思議ではないものと思う。

 このように考えられないだろうか。今日ほど、私たちの「活動」ではなく、私たちの「死」が早急に求められている時代は、他にないのではないだろうか、と。今日ほど、私たちが何らかの外側の栄えある働きや、名誉ある地位に誘惑されずに、つまり、見える形での自己の達成を求めずに、ただ神の中に隠された命として生きること、神のためだけに生き、この世に死んでいくこと、見えるもの全てを拒絶して、見えない神の国をリアリティとして生きることが、御前に求められている時代はないのではないだろうか。

 私たちはとかく活動したがる。それが私たちの自己の本質から来る欲求だからである。私たちは片時もじっとしていられず、何らかの公的な立場や、立派な活動がなくては気が済まない。人が聞いて納得してくれるような仕事がなくては落ちつかない。そして、この世は私たちのそのような欲望を叶える手段には事欠かない。

 だが、実際には、そのような活動のほとんどは、(たとえ神のため、という名目であっても)、私たちの自己を殺すよりも、むしろ、延命させ、より活発化させることに貢献している。そこで結局、活動すればするほど、私たちの魂と肉が強められ、ますます神から遠ざかって行くという結果にならざるを得ない。従って、そのような栄えある数々の活動を求めるよりも前に、私たちはまず、神の御前での静まった生活(この世に死んだ生活)、神のために隠された生活、すなわち、神の御前で自分が全焼のいけにえとして死んでしまう暮らしを、徹底的に求めなければならない。祭壇とは、神のために、祭司が全焼のいけにえを捧げる場所である。そして、今日、全焼のいけにえとは、私たち自身のことである。

「全焼のささげ物が祭壇の上に置かれた目的は何でしょうか? それは完全に焼かれるためでした。わたしたちの多くは、自分を神にささげたのは神のためにあれこれ行うためであると思っていますが、神がわたしたちに求めておられるのは焼かれることです。

神は神のために畑を耕す雄牛を必要とされません。神は祭壇の上で焼かれる雄牛を欲しておられるのです。神はわたしたちの働きではなく、わたしたち自身を求めておられるのです。神はわたしたちが自分自身を神にささげて、神のために焼かれることを望まれます。

祭壇は神のために何事かを行うことを表徴するのでなく、神のために生きることを表徴します。祭壇は多忙な活動を持つことでなく、神のために生活することを意味します。どのような活動や働きも祭壇に置き換わることはできません。祭壇は完全に神のための生活です。

新約のささげ物は、完全に焼かれた旧約のささげ物のようでなく、ローマ人への手紙第十二章で言われているように生きた犠牲として体をささげることです。わたしたちは日々祭壇の上で焼かれますが、日々生きています。わたしたちは生きていますが、焼き尽くされます。これが新約のささげ物です。」(p.7)


 ウォッチマン・ニーは、上記の言葉を偽ることなく、実行して生きた。もしもニー兄弟が、人生の後半を、世界を忙しく飛び回る伝道者、宣教師として過ごしていたならば、極めて有能な人材になっていただろうことを疑う人はない。多くの魂が、彼のメッセージを通して、直接、救われたかもしれない。

 しかし、彼が選んだのは、それとはまるで正反対の道であり、福音を伝えるには、一見、極めて非合理的な方法だった。彼は活動を選ばなかった。彼はただ神のために焼かれ、神のためにこの世から隠されることだけを願った。そして20年間の獄中生活を通して、全焼のいけにえとして自分自身を捧げきった。たった一人の家族からも引き離され、福音を語ることもできず、食事も満足に取れず、所有物も制限され、外界と接触することもできない、極めて不自由な監獄と収容所の囲いの中で、死に際しても、無実の罪のために拘束されたまま、釈放されず、看取ってくれる者もないままで、有望な人生の極めて重要な月日を、外面的にはただむだに過ごしながら、神にだけ捧げきった。彼の地上での天幕の中には、死に際して、所有物はほとんど一つも残らなかっただろう。彼は自分に死んで、徹底的にこの世を否んだが、それによって、見えないリアリティであるキリストを得た。彼は見えない御国の中に、見える自分の宝を全て移し変えたのだとも言える。彼の献身と召しとを完成させているのは、彼の活動ではなく、彼の不断の死である。

 私たちが今日、献身や召命のイメージを思い浮かべる時、それは、きらびやかに注目されて、大々的に活躍する宣教師や、伝道者や、牧者のイメージではなく、まさに獄中に閉じ込められたニー兄弟のイメージであるべきだろう。神のために生きるとは、私たち自身が、神のために全焼のいけにえとして焼かれるために、自分自身を差し出すことに他ならならない。

「主は、人には捨てられたが、神にとっては選ばれた尊い生ける石である。この主のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ生ける石となって、霊の家に築き上げられ、聖なる祭司となって、イエス・キリストにより、神によろこばれる霊のいけにえを、ささげなさい。」(Ⅰペテロ2:4-5)