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私ではなくキリストⅢ(東洋からの風の便りII)

「私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。」(ローマ6:6)

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主と二人きり

たった一日だけを目処に、遠い町から家探しに来たとき、
このアパートのベランダから外をのぞいて、
こんなところに住めればいいなあ、と思った。

昭和何十年代に建てられた、ガタのきそうな団地(失礼!)の中で、
参考までにのぞいてみたらどうですかと勧められた、
かなり今風にリフォームされた珍しい一室だった。

窓の外には、一面、山の緑。珍しい鳥々のさえずりが聞こえ、
高みから、地の家々と青々とした庭を見下ろせる。

左手には、夕暮れになると、きらめく街の灯りが広がり、
右手には、見上げると、丘の上にまばらに立っている木々の向こうに、
どこまでも空が広がっている。

この高度では、虫たちは、ほとんど寄って来ない。
ただ翼ある鳥だけが棲む領域。
だから、まだ寒くない今は、
一日中、網戸のない窓を開けっぱなしにして、
さわやかな空気を吸い込もう。

本当に、主は私をこの地に住まわせて下さった。
地だけれど、地ではない。
限りなく天に近く
御前にただ一人の祭司として 主に仕える
その何と甘い、麗しいひと時。
何という 秘めやかなぜいたくだろう。

けれど、明らかに、私だけのため、ではない。
何よりも、それは主との蜜月のため。
そして、今から生まれようとしている エクレシアのため。
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エクレシア、この不思議なもの

以下の記事を補足します。

 どうやら、私の言いたいことは、私の拙い言葉ではかえって誤解や反発を生むばかりに終わりそうで、上手く表現しきれません。日曜礼拝という形式に私が疑問を持つとしても、それは、日曜礼拝を全て撤廃せよというスローガンを投げかけているのではなく、また、礼拝、勉強会、祈祷会、聖書通読、証の分かち合い、そういったことそれ自体をせずとも良いという意味ではなく、(それどころか、キリストの命を自分でも理解し、人に伝えるのに、そういう方法はなくてはならないものです。たとえば、主を知るに当たって、聖書を読まなくても良いとか、注解書は一切読んではいけないとか、人と一切交わらなくても良いとか、祈りもせずとも良いとかいうことは絶対にないでしょう。私が人との交わりから遠ざかっていたのは、一時的なことであり、その間にも、聖書は読みましたし、祈りもし、信仰を告白もし、ブログを通じてならば、証もし、人との交わりさえあったと言えるわけで、時には一人で賛美することもありました)。

 以下の記事の中で私が述べたかったことは、今日、キリスト教徒の集まりが、概して、日曜礼拝を一つの頂点として、ある主義となり、形式となり、規則となり、組織論となり、人間を束縛する枷となって、まことの命の現われをかえって阻んでしまっているところに、大きな逸脱があると思わざるを得ない、ということなのです。

 その問題はすでに幾万回も多くの人々によって論じられてきましたし、鳩さんの記事「キリスト教とキリスト」にある内村鑑三の次の言葉も、その問題性をよく表現していると思います。

「 主義にあらず、性格なり。 教理にあらず、生命なり。
 キリスト教にあらず、キリストなり。 
 主義はいかに高きも、教理はいかに深きも、偽文にして、束縛なり。
 われらは直ちに、生けるキリストにいたり、その生命を受けて、真の自由に入るべきなり。」

 しかしながら、では、すでにある人々がそうしているように、我々が内村氏の考えを信条として掲げて、現存するキリスト教を否定し、生けるキリストに至ることを目的に掲げた新しい会を設立すれば、それが正解になるかと言えば、それも絶対に違います。それでは、再び命のない主義、束縛に落ち込んでしまうだけなのです。
 結局、言えることは、どれほど偽物を定義し、暴露しても、そのことだけによって、本物を生み出すことができないように、キリストのまことの命とは、決して、何かに対するアンチ・テーゼにはとどまり得ない、その本質をまず個人的に掴まなければ、それが何であるか誰にも分からない種類のものだ、ということです。そして、それを知った個人の交わりが、集合体としてのエクレシアを形成していくのです。

 Sugarさんが、「この交わり=エクレシア」の中で書いておられることが、まさにそのことを指しているように、私には感じられました。
 私には、多分、キリストの霊なる命の中にある交わりや礼拝とは何であるかを、誰に対しても、誤解なきよう、明確に、完全に形容できる適切な言葉は見つけられないでしょうし、そのような定義はかつて存在したこともなく、これから先にも、存在しないように思います。

 何万語を費やしても、私たち人間は、小さな花一つ、小鳥一羽でさえ、形容することができず、明確にそのイメージを相手の脳裏に浮かび上がらせることができません。自分がその対象の身近に存在して、それと密接に関わることなくしては、理解できないものが、地球上にたくさんあります。
 命とは、そういう性質のものだと思います。
 キリストのまことの命は、地上的なものでないとはいえ(いや、地上のものでないからこそ)、我々の拙い言葉によって完全に定義できるようなものではなく、ただその中に入れられ、それを味わい、日々その中を歩くことによってしか、理解できないものであると思います。
 つまり、キリストと共に生きる、ということなくして、キリストの命を味わい知ることは誰にもできない相談なのです。

 私はまだそれを十分に知ったとは言えず、聖書を読むことも、祈ることも、交わりも、キリストをさらに知りたいという動機から行い続けているのであり、この先も、キリストとの一致を求める探求は、永遠に及ぶでしょう。

 けれども、こうして、キリストのまことの命をまだまだ十分には知らない私にも、一つ言えることがあります。それは、キリストという永遠の岩なるお方の上に建設されなかった団体は、必ず、時と共に廃れるということ、その老朽化して、命のなくなった礼拝の崩壊によって、そこにまことの命が欠如していたことが公に暴露されるということです。
 人間の理解は不完全ですので、私たちの目から見て、何が本物であり、何が偽物であるかを完全に識別することは難しく、また、全てのものの土台を見分けることはできませんし、性急な裁きは禁物です。けれども、すでに滅びかけている業界が、私たちの目の前に一つあります。それを見て、気づけることは多くありますし、そこで、まことの命とは何か?ということを真剣に考え、飢え渇きを持って探し始める人は幸いです。

 求めなさい、そうすれば与えられます、と聖書にある通り、私たちが心の底から主を真剣に求めるならば、必ず、神は誠実にそれに答えて下さるのです。偽物を暴き、糾弾することも、時には、有意義ですが、たとえそれにどんなに熱中したとしても、そのこと自体によって、真実なる神に出会えるわけではないでしょう。

 既存の団体や組織のあり方に異議を申し立てるだけならば、誰にでもできますし、そのようにアンチ・テーゼを唱えるだけの仕事は、政治の好きな一部の方々に任せておけば宜しいと私は思っています(とは言いながら、それでもついこの手の話題に入り込まずにいられなくなる時が、私にも往々にしてあるわけですけれども…)。
 私たちが第一に求めているものは、神の国とその義、なのです。ただ主ご自身をどれほど切に求めているか、どれほど主お一人だけに心を向けているかが、私たちが真実なるお方に出会い、まことの命なるお方と共にこの地上の生を歩む決め手となることでしょう。



この山でも、エルサレムでもなく

 「イエスは女に言われた、『女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救はユダヤ人から来るからである。
しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである』。」(ヨハネ4:21-24)


 用事にて、何度目かの関東行きを決行して来た。夜行バスにもそろそろ慣れたので、会社によって、バスの内装や停車場所等に、色々な違いがあることが分かって来た。今回、乗車したのは、普通の観光バスを、急遽、夜行バスに仕立てたもの。遮光カーテンがないため、走行中にはトンネルの黄色い灯りがカーテン越しにちらちらと車内に差し込み、運転席の大きな窓ガラスを通して、今、どこを走っているのか、道路標識によってはっきりと確認できる。夜行バスとしては、あまり良いサービス内容とは言えないだろう。

 けれども、そのおかげで、私は初めて、関西から関東への風景の移り変わりを観察することができた。阪神高速を通じて、私が長年、住んでいた兵庫県をバスが走っていた間は、まるで身体の中に方位磁石が埋まっているかのように、すべてが懐かしく、身近に感じられた。高砂、姫路、神戸、西宮あたりを過ぎる頃は、景色から目が離せない。もう二度と会うことのない人たちも含めて、色々な人たちとの思い出が脳裏をよぎる。兵庫県は、至るところに楠の木が植えられているのが特徴の一つだろう。三宮にバスが停車すると、しばらく市街を歩いて、道路脇の地図を見ながら、懐かしい地名を確認した。新開地、元町、六甲ライナー、生田神社…。よその土地にいるという感じは全くなかった。

 それから、バスは大阪方面へ向かった。尼崎、吹田、茨木、高槻、京都を経由して、関東へと抜けていく。残念ながら、大阪名物の太陽の塔は見えなかった。京都を抜けたあたりから、私になじみのない地名が始まったので、そのあたりで私の記憶はとぎれた。
 行きは、見知った関西を離れるのに後ろ髪引かれる思いだったが、帰りは、関西に入るなり、ほっと身体がリラックスする。たとえ窓から見える高速道路の景色をぼんやり眺めているだけであっても、住み慣れた土地を走っているだけで、こんなにも人の心は安心するものなのか、と思う。やはり私は関西の住人なのだな。瀬戸内の空気を離れて、関東になじむことはできるのだろうか?

 帰宅して、眠気と、ぼんやりした意識にも関わらず、あるキリスト者に交わりの長電話をかけた。3時間くらい話したことだろう。きっと、迷惑千万な電話だったに違いない。だが、掛け値なしにキリストを第一として生きている人との交わりは、私にとって、かけがえのないひと時なのだ。それに、私は今、自分の人生に与えられている主の不思議な導きについて、とにかく誰かに語らずにいられない…。

 本当に、神を誉めたたえることには限りがない。主の御業の不思議について語りだせば、どれほど時間があっても足りない。主と共に歩むことの幸せを語り始めると、どれだけ日数があってもきっと足りない。イエスの歩まれた道を歩むことの喜び、その新鮮な驚きと、尽きせぬ不思議さ、そのとてつもない特権について話し出すならば、いつまでも、終りは来ないだろう…。

 ところで、これはあくまで私の予想に過ぎないので、異論がある人たちには、あまり怒らないでいただきたいのだが、私は、エクレシアがキリストの真の花嫁として姿を現す際には、人間の作った礼拝制度や枠組みは、崩壊するのではないかと思う。その、壊れなければならない枠組みの最たるものが、日曜礼拝ではないだろうか。

 日曜日に礼拝をすることそのものに異議を唱えたいわけではない。けれども、日本全国の教会の日曜礼拝に、まるでパッケージのように、一そろいに揃っているあのケア・キットは何なのだろうか。一連のワーシップ・ソングに、司会、祈り、リーダーによるメッセージ、献金、交わり、と言ったような、典型的な礼拝の型。それはこの先、主の御業を自由に表すよりも、むしろ御霊の自由を阻害する人工的な要因として、取り壊されずに置かないのではないだろうか? そもそも、限定的な時空間に、限定された人々が呼び集められてやって来て、そこでパターン化された行動を行い、誰か一人が自分の知識と経験に基づいて、神についてのメッセージを語り、他の全員がそれに耳を傾ける…、そんなことの大まかな繰り返しによって、神が礼拝されるという形式は、この先、人工的に過ぎるものとして、長くは持ちこたえられず、まことの礼拝が現れるに連れて、廃れていくのではないのではないだろうか…?

 「あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る」、と、イエスは言われた。なのに、今日の教会、チャーチ、チャペルといった名のつくところでは全て、この山、あの山に人を集めて礼拝させる形式を用いているではないか? そのような形式は、本来、御子イエスによって終わっており、神への礼拝は、一人ひとりのクリスチャンが神殿となることにより、可動式のものになっているはずである。それに加えて、日曜礼拝という、安息日に限っての特別な礼拝を過剰なほどに重んじる考え方は、イエス時代に、ユダヤ人にあれほどまでも頑なに安息日を守らせようとしていた律法学者、祭司たちの考え方にそっくりではないか?

 イエスは言われた、御父が求めておられるのは、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって神を礼拝することなのだと。問われているのは、形式ではなく、内容である。真の礼拝は、すでに使徒たちの時代から、エクレシアなるクリスチャンのうちに日々、成就し、行われて来たはずである。しかし、どういうわけか、それは今日、教会という限定された場所での、限定された礼拝制度の中に閉じ込められて、可動性を失ってしまった。さらにそれに加えて、各種の集会、セミナー、勉強会、祈祷会、宣教の訓練、などの一連のプログラムが続き、礼拝をシステマチックで固定的なものにしようとの圧力には終りがなくなっている。それら一連の人工的な枠組み(付属物?)が取り払われる時にこそ、真実、全能主にふさわしい、可変可動の、時空間に限定されない、御霊による自由な礼拝が導かれるのではないだろうか…。

 だが、その解放は、決して、誰か特定の人間のリーダーシップに基づく、上からの「礼拝改革案」としてやっては来ないだろう。まことの礼拝は、荘厳で立派な礼拝堂や、こぎれいなチャペルから始まるのではなく、御子イエスの誕生がそうであったように、取るに足りない、発見するのも難しいような、みすぼらしく、人里離れた小さな村の家々や、名もない人々の、ひっそりした集まりから、始まるのではないだろうか。ちょうど、キリストがお住まいになるには、私たちという幕屋が、みすぼらしすぎるように、神の栄光は、この地上にあっては、いつも土の器の中に隠されながら、現されるものだ、そこで、エクレシアにおけるまことの礼拝も、取るに足りない容れ物の中で、ただ主によって、芽吹き、見事に花咲かせていくのではないだろうか…。

 そんなことを、帰りのバスの中で思い巡らしていた。
 私はこの一年間、ほとんど賛美歌を歌うこともなく、声に出して祈ることもなく、定期的に誰か特定のリーダーのメッセージを聴くわけでもなく、どこの団体の日曜礼拝にもほとんど顔を出さずに、信徒との合同の礼拝を抜きにして、過ごしてきた。だが、ふりかえってみると、その全く枠組みというものがない中にも、極めて充実した主とのひと時があった。私はありとあらゆる方法を用いて、主を求め、祈り、それに、主は確かに応じて、私のもとを訪れて下さり、私の祈りを聞いて下さり、私と共にいて下さり、御心を示して下さった。

 この期間がなければ、私は一対一で、主と向き合い、個人的に主を知るということはきっとなかっただろう。

 そういうわけで、今や私にとって、礼拝とは、何か特別な一定の時間帯を指すものではなくなっているし、礼拝形式へのこだわりもなくなった。形式など、何であろうと、あるいは、なくても、少しも構わない。眠っている時間を除いて、あらゆる時間が、キリストへの思いでいっぱいに満たされているのが、キリスト者の最も理想的で、解放された、自然な姿なのではないかと思う。

 2年後くらいになって、「あなたのあの頃の熱心は、一体、どこへ消えたのですか?」と、人から聞かれるようではありたくない。この道を離れたくない。イエスに従うことの喜びと不思議を、この先、ますます深く味わっていける者でありたい。

  「主の教えを喜びとし
  昼も夜も その教えを口ずさむ
  その人は 水路のそばに 
  植わった木のようだ
  時が来ると 実がなり
  その葉は 枯れない
  その人は 何をしても 栄える…」

 
 

キリストにあって一つの身体

 不思議なほどの安らぎ。言葉は要らない。
 血肉にあっての人々との絆がどうなろうとも、周囲の状況がどう悪化しようとも、何も気にならないほどの心の静けさ。主によって与えられた兄弟姉妹たちへの消えることのない、穏やかな愛情。

 兄弟姉妹たちがまるで数珠のようにどこまでもつなぎ合わされているその糸が見えるようだ。あらゆる状況を越えて、上から与えられる不思議な安らぎが、私の心を悪から守っている。これはきっと、聖徒たちの祈りのおかげなのだろう。

 だが、祈りだけではない。キリストのくびきを負って、キリストに学ぶこと、そこにこそ、私たちの魂の安息の秘訣がある。キリストの十字架こそが、私たちの避難所。十字架こそが、安らぎの源。キリストを見上げること、そこに全てがある、主こそ恵みの全てである。
「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」(マタイ11:28-30)

 キリスト者は、主にあって、一つのからだである。偽りのない愛情で結ばれている一つのからだなのだ。これは何と素敵なことだろう。キリストを信じている限り、誰一人として、一人ぼっちになる者はいないのだ。
 「わたしたちも数は多いが、キリストにあって一つのからだであり、また各自は互に肢体だからである。<…>愛には偽りがあってはならない。<…>兄弟の愛をもって互にいつくしみ、進んで互に尊敬しあいなさい。<…>喜ぶ者とともに喜び、泣く者と共に泣きなさい。互に思うことをひとつにし、高ぶった思いをいだかず、かえって低い者たちと交わるがよい。<…>だれに対しても悪をもって悪に報いず、すべての人に対して善を図りなさい。あなたがたは、できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。」(ローマ12:5-18)

 楽しい時も、苦しい時も、共に一つのからだとして、支え合って、生きていきたい。


山小屋での交わりを経て

Sugarさんの山小屋 ブログを書くのが久しぶりだからか、それとも、まだ私の心がこの地に戻っていないせいなのか、文章は進まないわ、書いた記事は操作ミスで消えてしまうわ、なかなか調子が元に戻らない。一体、何時間、パソコンに向かっているだろうか。なのに、未だに最初の行を書いているのはなぜだろう?

 Sugarさんの山小屋を訪れて、兄弟姉妹との交わりの場に加わり、無事にこの地に戻って来た。距離にすれば、日本列島を半分くらいは横断しただろうか? 随分、無謀な思いつきのように見える旅だった。しかも、行きがけには、地震による夜行バスの延着というハプニングまであったのだ。横浜で私を車で拾ってくださる予定になっていたLuke兄弟にはそのせいでひどく迷惑をかけてしまった。
 私は携帯電話も持たず、時計も持たずに家を出た。そこで、東名高速道路が不通となり、バスがどことも知れぬ住宅街の一般道を、まるで亀のような遅さで進み始めても、外界と連絡を取る方法をまったく持たなかった。兄弟たちは、バスがいつ到着するか分からず、情報が何も入らないので、もうヴィオロンは到着しないのかもと思いながら、話し合っていたらしい。

 しかし、私の方は暢気なもので、絶対に私は置き去りにされることはないと安心していた。たとえ何時間遅れようとも、夜になろうと、兄弟は必ず現場で待っていてくれるだろうと勝手に確信していた。それくらい相手を信頼して命を預けていたといえば聞こえは良いが、結局、それは私が能天気すぎるということかも知れない。

 主のはからいだったのだろう。バスは終着点だったはずの横浜に、順番を入れ替えて真っ先に到着してくれた。遅れは一時間で済み、そこから兄弟の車で、さらに5時間ほどかけて山小屋まで走ったが、着いた時はまだあたりは明るく、夕方になっていなかった。
 こうして兄弟姉妹たちのはからいのおかげで、途方もない距離を越えることができたのだが、一つ不満だったのは、私を送って下さった兄弟が、あれほど念押ししたにも関わらず、翌日、私を煙に巻いて、交通費を請求せずに帰って行かれたことである。今となっては、そこにも、主が働いておられたと信じ、ただ感謝することにしよう。

これは誰でしょう? さて、山小屋滞在中は、鳩さんの奥様の手料理にあずかった(というよりも、私は料理において戦力外)。
 鳩さんの一家は、まことに微笑ましい、自然で、健全な、キリスト者らしい家庭だった。キリスト者らしい、と言っても、そこには、わざとらしさや、不自然さな押し付けは見受けられない。子供達は両親を心から愛し敬っているのが感じられたし、誰もが何の隠し立てもなく、自然に振舞っていた。
 あまりにも元気いっぱいの子供達は、毎日、小屋の中をドタバタ駆け回り、毎瞬のように喧嘩が起こっていた。それでも、すぐに仲直りし、兄弟仲も極めて良い。私にもよく懐いてくれた。

 後日、山小屋に合流したTさん親子(大学院生の息子さんとその母親)も、やはり健全で自然な親子関係を築いていた。今回、私がこの二つの家庭と間近で接触したことには、何かしらの意味があったのかも知れない。私自身は自然な家庭というものをこれまでに一度も経験したことがなく、しかも、我が家ではこれまで、キリスト教は悲劇の源にしかならなかった。そこで、私には平和で穏やかで健全な家庭というものに対する、悲しい、根深いコンプレックスがあったし、それに、教会での体験を通して、キリスト者の家庭というものに、あまり好感を持っていなかった。
 にも関わらず、今回、お会いした二つの家庭には、もしもこの先私が家庭を築くならば、ぜひともこのようでありたいと思わせる、微笑ましさ、仲むつまじさ、自然さ、健全さがあった。さらに、信仰が少しも不自然でない形で家庭に同居しているのを見るのは興味深いことであった。

山の散策 今回の旅の中で、私にとって、最も嬉しく、かつ、印象深かったのは、最終日に、Sugarさんと駅のホームで電車を待ちながら過ごした束の間の時であった。それは私にとって、それまでの数日間を合わせたよりも、なお、意味深い交わりの時となった。
 その時、始まったばかりのこの交わりが、永遠に続くものであること、そして、私の山小屋訪問が、今回限りでは絶対に終わらないことを確信した。

 エクレシアとは何かについて、これ以上、だらだらと詳しく述べる必要はないだろう。ただ一つ言いたいことは、そこには天的感動とか、情熱的な一致団結、などというものはなかったということだ。エクレシアに集っていたのは、少々地味すぎるほどに、ごくごく普通の人たちであり、そこにあったのは、少々飾り気がなさ過ぎるほどにごくごく普通の日常生活であった。しかも、強調したいのは、集った人たちは、決して、細部にわたるまで意見を同じくしたりしていなかったということだ。そこには、同じ思想、同じイデオロギー、同じ見解などは見られず、代わりに、様々なことについて異なる意見があった。キリスト者としての先人についての理解も異なり、聖句の解釈にさえ、度々、意見の一致が見られなかった。さらに、性格も、年齢も、好みも、生い立ちも、興味ある話題も、人それぞれに異なっていた。

 それほど異なる性格や見解の持ち主が、不思議に、同じ信仰を共有し、兄弟姉妹という自覚で結ばれているのがエクレシアなのだ。
 真のエクレシアには統一的なユニフォームはなく、それぞれに異なる、似ても似つかない人々が、異なる姿のままで、逆説的に「一つ」として用いられている。見解が同じだから、考え方が似ているから、行動様式が似ているから、あるいは同じ名称の組織に属しているから、同じ規律を守っているから、同じ教義の理解をもっているから、同じスローガンを掲げているから、同じヴィジョンを持っているから、だから上手くやっていける仲間同士なのだという感じ方は虚構であり、それは主が働かれる方法ではない。

 神は信じる者たちをそれぞれに異なるままで用いることがおできになる。信者たちが何かの統一的なバッジをつけることを神は喜ばれないどころか、むしろ、許されないだろう。私たちにはどんな目に見えるバッジもなく、共通点は、内におられるキリストだけである。

 私が今回接触したエクレシアは、まだ生まれたての赤ちゃんのような、小さな芽に過ぎないものであったと思う。それはすくすくと育って、この先、もっと確かなものへと成長していく必要があることを感じる。小さな愛に過ぎないものが、確かで力強く揺るぎない愛へと成長し、今現在のあらゆる見解の相違を超えて、兄弟姉妹たちには、この先、キリストを信じる信仰の一致、キリストを知る知識の一致がもたらされる必要があるだろう。そして、互いがキリストの身体としてしっかりと関節に組み合わされて機能するようになる必要があるだろう。そうなる時、初めは小さな芽としての集まりに過ぎなかったものが、目に見えない形であるにせよ、背の高い太い幹へと成長し、空の鳥も憩うほどに葉を生い茂らせ、道行く人々に安らかな木陰を提供するようになるだろう。
 エクレシアが、整えられた主の花嫁として姿を現すには、まだ時間がかかるに違いない。しかし、できるならば、生きているうちにその不思議な御業の完成を目撃したいし、生きてそこに連なることができるならば、何という幸いだろうかと思う。

 今朝、Sugarさんに無事帰還の連絡を入れると、そのまま、電話は交わりになった。不思議なこともあるもので、つい昨日まで、直接話をさせていただいたというのに、今日の交わりは、昨日とは全く打って変わって新しい。ある人は、そんな感じ方は孤独のなせる業だ言って、私を笑うかも知れないが、そうは思わない。キリスト者の交わりは常に新しく、常に人の心身を潤すものとなるだろう。他のキリスト者から溢れ出る生ける命の川々に触れる時に、それが私にとって喜びをもたらし、私の心身を健やかにするものとならないわけがどこにあるだろうか。キリストがおられるからこそ、エクレシアの交わりは人に命をもたらすものとなるだろう。その喜びにあずかれる幸いを思う。

 今、私の故郷では、身近で交わりのできるキリスト者が見つかっていない。けれども、「主が何かを起こされる時には、その単位として、共に行動することのできる二、三人のパートナーを与えられるでしょう。あなたにもそれは与えられるはずですよ」と、Sugarさん。
 きっとそうだろう、この地にも、すでにその二、三人が起こされつつあるのに違いない。私がまだ出会っていないだけで…。そういうエクレシアを、今、至るところで、主は起こしたいと願っておられるのではないだろうか? 主はこの先、どんな方法で私を彼らと出会わせて下さるのだろうか? どうやって、この地にも、交わりが成り立つのだろうか? そうなる時が、待ち遠しくてたまらない。

山小屋の屋上からの見晴らし。見事な晴天!山小屋の屋上からの見晴らし。見事な晴天!